詩誌
水飴状になって流れてゆくと
むこうから弟がなきなきくるので
そんなおとなのなりをしてなんで泣いている
と ひっぱたこうとしたけれど
手がないのでもがいていると
弟のからだにくっついてしまった
ねぇちゃんはいつもそうやって
おれをいじめてばかりいる
じぶんばっかりこんなあまいみつになって
と 弟はますますなくので
しかたなし
あれこれだましながら
こどものころの話などしているうちに
弟はうとうとねてしまったので
わたしもひとやすみしていると
きれいな女のひとがきて
弟を起こしてつれていった
あんなやさしげなひとがいっしょなら
もう心配いらないとおもい
すうすう流れてゆきながら
おもいだしたのだ
わたしがこれから行かなければならない
怖い場所を
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わたしはある家の居候になった
といっても
わたしの詩才を認めて置いてもらったのではなく
家政婦としてやとわれたのだ
それでも まだわたしのところへ
手紙がくることがあるかもしれないとおもって
紙になまえを書いて門のところへはりつけた
ところが この家の主人の表札がないので
これではまるでわたしがこの家の主人みたいだと気になって
某々方と入れようとしたが
まだこの家の主人の名前を知らなかったことに気がついて
あとついてきた少年にきくと
この少年も知らないという
表札がないとゆうびんやさんが困るでしょう
というと
そんなものは来ないから という
家の中へ行って主人をさがすと
人の気配はそこここにあるのだが
姿はみえず
あれからわたしは
少年とふたりでくらしているのだが
わたしのからだもふわふわただよいはじめたような感じで
気になるのは表札のことで
毎朝門のところへ行って
じぶんのなまえを書いた紙切れをながめては
罪悪感ばかり深まってゆく
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うとうとねむりかけると
わたしのくちが
うっすらひらいて
おにのくちになろうとしている
歯がそろそろのびて
ああ とうとうおにのくちになってしまった
と おもいながら
こころはうきうきしてくる
うきうきしたこころで
やまの中へ入ってゆく
やまはただくらいだけ
ゆけどもゆけどもくらいだけ
でも わたしを待っているものがある
おにのくちになったわたしを
なんびゃくねんもまえから待っている
もののほうへ
うきうきと
ゆく
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空想癖からうまれた魚のしなやかさで
肥大しつづける影を
けしごむでけしつづける病気
いつになってもよくならないので
文法を習っている
教室がまわっているので
わたしはいつも酔っている
囚人のようにくさりをまかれたままのかたちを
水面に映してみる
魚だったころのことが
ぼおっとよみがえってくる
水の底をさがせば
あのころのわたしの骨が
いっぽんぐらいみつかるかもしれない
卵をひとつ生んでおこう
生産としてではなく
媚のあかし
めまいのあいだからこぼれてゆく分裂した影のむれ
わたしはむちゅうで文法のおさらいをする
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空想癖からうまれた魚
のしなやかさで
肥大しつづける影を
けしごむでけしつづける病気
いつになってもよくならないので
文法を習っている
教室がまわっているので
わたしはいつも酔っている
囚人のようにくさりをまかれたまま
のかたちを水面に映してみる
魚だったころのことが
ぼおっとよみがえってくる
水の底をさがせば
あのころのわたしの骨が
いっぽんぐらいみつかるかもしれない
卵をひとつ生んでおこう
生産としてではなく
媚のあかし
めまいのあいだからこぼれてゆく分裂した影のむれ
わたしはむちゅうで文法のおさらいをする
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やまゆりそれは
老婆がわすれた絵ひがさ
青色人神が
星牢のなかで泣いている
むしかえすたびむし歯がおこる痴わげんか
てんき雨がしみてゆく時間
てんてけてんてんてけてん
という調子に狂ってゆく
草の上で
はだかで草をむしってたべている村びと
もうこの村へ帰ってくることはできないと思っていたのに
てんてけてんてんてけてん
わたしはじぶんのためにじぶんで調子をとる
やまゆりがさいている
その花の下にすわって
食事をはじめる
わたしのからだがだんだん
青くなってゆく明るい時間
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ねている枕もとへきて ちょっといっしょにきてくれという
東の戸口から出ようとすると
横手にあるふろ場から水音がする
たぶん父が入っているのかもしれないとおもいながら
気づかれないようにそおっと出た
つきがでている
もくもくとあるいて
やまのなかへ入ると
わたしのくびをしめようとするので
ころすの? ときいたら
すこしねむっていてほしいだけだという
そうしておいて
ふろしきづつみから一枚の絵をとりだして
なきながらきりさいている
絵の中からその自画像が起きあがり
おなじしぐさをしている
わあわあなきながらそのあらそいは
ずいぶんながいあいだかかったような気がしたが
なきやんでなみだをぬぐうと
なにごともなかったように
もう帰ろうといった
かえりみちみち
おれ、ずっとまえに死んでること
まだ知らないだろうといった
わたしはうわさにきいていたがだまっていた
そして戸口のところまで送ってくれた
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わたしの墓はだんだん遠くなっているので
はやくじぶんの骨をうめに行かなければならない
木の茂ったくらい道を急いだが
まよってばかりいてなんどもなんども
行ったりきたりしているうちに
とうとう方向を失くしてしまった
まごまごしているところへいとこがきたので
はなすと
そんならここへうめておけばいいといって
穴をほってうめてくれた
でもほんとはここはわたしの墓ぢゃないから
こんどくるときよけいわからなくなるというと
こんどくるころはおまえの骨は
木になっている
うまくゆけば花も咲いているかもしれない
ここへこうしてまるも描いておいてやるから
きっとすぐわかるというので
そう思って帰ってきたのだが
わたしの墓はからのまま
どんどん遠くなっている
あの骨を他所へうめたぶんまで
ぐるぐるうずまいて遠くなる
それに
あれっきり
いとこにもあわない
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詩誌「NECENC」10月号 1985年
怖い場所 ・ 罪悪感 ・ やまの中
文法 ・ やまゆりがさいてる
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