Epilogue (7)

 










あやとりしませんか、と声かけてきた
その手に麻糸を持っていた
あやとりながら
むかし話をはじめた
くねくね糸をやりとりして
あやとりは上手に運んでいる、のに
むかし話がこんがらがってくる
あやとりは上手に運んでいる、のに
ほら、あんたがその糸をとりまちがえたから
と言いはじめる
糸を器用に指にからめながら
あいつさえ、あのときと話はずるずるつづく
ほら、あんたがまた!とおこる
あのときもそうだったとはてしがない
わたしも糸をとりながら
こんな人とそんなことがあったような気にもなってくる
なんであのときに、とにらみながら
器用に糸をまきつける指が
へんなはなしだけど美しいのだ

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あおみみ



あおい耳のあおみみは
秋になると
あかい柿がうらやましくて
柿をむしゃむしゃ食う
いくら食っても食っても
あおみみの耳はあおいまま
まい年まい年、秋を待っていては
あかい柿ばかり食っているから
あおみみの耳はあおいまま
いまではかきくいとよばれている
年とったもんだな、と
あおみみは口をまげてじぶんをわらう

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自分



自分にふりがなをふる
自分をちゃんと読みたいから
それから声に出して読んでみる
なんだかどこかちがうような気がする
自分の口がよくまわらない
こんなにむづかしいわけないのに
もっとすらすら読めていいはずなのに
かなふったらよけい読みづらくなってしまった
けしごむで消してやりなおせればいいのに
自分のことなのに

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残ったものと



ある日、知らない大男が来て
玄関先でしゃべり出した
いっしょうけんめい聞いても
何を言っているのかわからない
ずいぶん長い間、言いたいだけ言って
帰った
とうとうわたしには何の話だったのかわからなかった
帰ったあとに、その影みたいなものが残った
ぞうきんでふいても
たわしでごしごしこすっても
落ちない
玄関を出入りするたび
その影みたいなものを踏みつけ踏みつけ暮している
私の日常はだんだんそれになれていく
えっ?いまなんて言ったの?なんて
そら耳に返事してたりすることもある
あれは何だったのか、今だに
とうとうわからないままだ

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生活



広い部屋に大勢で
紙を折ったり切ったり張りあわせたりする仲間に加わっている
なかなか思うようにいかないで
つい夢中になっているとき
とつぜん大きな顔の女が立ちあがって
仲間の一人を指して
この人があぶないもの持ってるのよおと言い出した
その手にこそあぶない鋏を持ってその人を指している
目がつり上っている
こんなとき、他の者も
少しでも動いたらどんな目に合うかわからないので
みんな気づかないふりしている
もっと大きな顔の男が来て
女をとりおさえて、つっころがして
靴の足でぎゅうぎゅう踏みつけだした
女はだんだんこうこつとしてきて
男はいつまでも踏みつけている
いく日かにいちど、これが
儀式のように起るのだ
みんな、いつその的になるか知れないので
びくびくしている
いちど的になると、その人はなにも悪くないのに
へんに冷たい目で見られるようになって
ついには居づらくなって、いなくなる
さっき指された人も、つまり
なんにも悪くないのに
もう、だれもはなしかけない
大きな顔の女ともっと大きな顔の男の儀式はいつの間にか終って
その女ももう、紙を折ったり切ったり張りあわせたりしている
もっと顔の大きな男はもういない
わたしだっていつその的になるか知れないのだ

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刃は
じぶんが刃だと気づかないまま
その鋭さをもてあまして
その冷たさをもてあまして
刃は
風にも避けられて
犬猫にも避けられて
刃は
その怖さをもてあまして
刃は
わたしの中で動けない

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出られない



夜中、とつぜん
出られないという恐怖におどろいて目が覚めた
べつに何の変りもない
だが出られないという恐怖がからだの中にかたまっている
どこから出られないのだろう
手足も自由に動くし
これからどこへでも、行こうと思えば行けるのに
出られない

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押入れ



ねる前
おしっこをしていると
ふすまが開いて
まだかあ、と出てきたものがいる
おしっこは途中でとまらない
やっと終ってから、つかまえて
むりやり押入れへ押込んだ
押入れの中から、いつまでも
男と女の言い争う声がして、なかなかねむれない
客布団が入ってるだけなのに
しょっちゅう変な事が起って困る押入れなのだ

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牢に入ってしまったんだから
もう出られないね
電話もかけられないし
手紙なんか書かないだろうし、ね
わたしは牢の塀にそった道を歩いてみた
その道はぐるっと牢をかこんでつながってしまって
わたしはもうその道から出られない
いつまでもぐるぐるまわっているばかりである
わたしが塀のすき間から中をのぞいてみるように
中からわたしをのぞいているんだろうね
あんたをとじ込めるためにわたしが作った牢に
じぶんがとじ込められて
のぞかれている

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家族



こどもをつれて歩いていくと
おい、と肩をつかまれた
おれだ
とにかく走ろう、というので
三人で駆けだす
こどもははしゃぎだす
うしろの方でもはしゃいだ声がする
あれは追手なのだろう
わたしたち、ほんとは逃げているのだろう
高い塀にそった道を駆けている
こどもももうはしゃいでいないでしんけんに駆けている
追手もしんけんに追ってくる息遣いがする
わたしたち、一列になって駆けている
駆けても駆けても切りがなく
とうとう三人で白い矢印になってしまった
追手の気配ももうしない
わたしたち、きちんと道の端にそってしずかに並んでいる
人が通りかかって
なんの矢印だろう、なんて立ち止まられたら困るな
ひと休みしたらまた駆けだそう
とにかくわたしたちである矢印の方へ向って走ろう
また追手が追ってくるのだろう

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こいびと



わたしのこいびとは
長い坂を下りて
橋をふたつも渡って
バスに乗ってでんしゃに乗って
またべつのでんしゃに乗ってバスに乗って
はるばる来る
のだそうだ
とおいところをよくいらっしゃいました
お茶を出して
お茶を飲みながら
来るときの途中のいろんなようすをきく
おくさんの右の角におできができて
角ごとひっこぬく手術をした話をきく
一本角になってしまったおくさんの話をきく
もう夕方になっている
お茶を入れ代えようとすると
いいよ、おそくなるからといって立ちあがる
そしてバスに乗ってでんしゃに乗って
またべつのでんしゃに乗ってバスに乗って
橋をふたつも渡って
長い坂を上って
一本角のおくさんの待っている家へ帰る
のだそうだ
どのくらい長い坂なのか
なんという橋を渡ってくるのか
話はまだそこまで進んだことがない

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とげ



とげをぬいてもらいにいくのか
ずっとがまんしてきたのに
とうとうぬいてしまう決心したのか
そのとげをぬくと
もうもとのおまえじゃなくなってもいいのか
とげがささったままよりも
ぬくときはもっと痛くてもいいのか
みちみちそういう声が耳にへばりついて
はらがたって
急ぎ足になった

ああせいせいした
自由になった
ぬいたとげがそう言った
みちみち耳にへばりついていた
あの声だ

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黒いこうもり傘



雨が降ってきたから
ああ傘がなくて困るんだろうなと思って
黒いこうもり傘を持ってむかえに出たのだから
あの人はいるのだと言いはっても
むかえに出てそれからどうしたと問い詰められる
それからどうしたんだろうと考えているのに
あの人ってだれだと問い詰めてくる
ほんとにだれのことだろう
そんなことをくりかえしたあげく
ほんとにそんなことはゆめででもあったのかも知れないと思い
へとへとになっているところへ
青いきものを持ってきて着せられる
そして木端の糸まきに青い糸をまきつける仕事を言いつけられる
黒いこうもり傘のことなんか考えてはいけませんよ
もし考えそうになったら青い糸をきつく見つめながら仕事をしなさい
あなたが心配しなければならない人なんてだれもいないのですからね
あなたはただ自分のことだけ考えながら
青い糸をまけばいいのですからね
と言われても
黒いこうもり傘はあるのだ
あの人はいるのだ
また雨が降ってきた
傘がなくて困っているだろうな
なんで他人の糸なんかまいていたんだと怒るだろうな
青い糸をきつく見つめれば見つめるほど
雨はますますつよくなり
糸をまく手もとが狂ってしまって
雨も糸もごっちやになって
ふるふるふるふるもう
どうぞわたしたちをたすけてください

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せいしち



せいしちせいしちと呼ぶ声が向こうから来る
せいしちせいしちとだんだん近づいてくる
せいしちせいしち
わたしの耳の中へそう呼んでくる
せいしちせいしち
うっすらと目ざめようとするものがある
せいしちせいしち
返事をしようとしてるのに声がでない
せいしちせいしち
あとひと息で声が出そうだけど。
( せいしちはいま、生まれるところなのだろうか、 死ぬところなのだろうか、
ただねぼうして起されてるだけなのだろうか、
うーん、と声を出して返事したら、わたしは
せいしちになっているんだろうか。怖い。)

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ぬれぎぬ



ぬれぎぬを着てくらげが来た
泣いているので
いっしょに泣いてやる
心をこめて泣いているつもりなのに
泣いている型ばかり気になってぎごちない
おなかがすいてきたので空を見ると
大きな太陽が向こう側にいる
朝日なのか夕日なのかわからない
泣いているくらげの涙が濃縮していくので
ぬれぎぬはますます厚くなる
それでくらげはますます悲痛に泣く
わたしもいっしょに泣いてやる
もうがまんできないくらいおなかがすいてきた
太陽はさっきのままいる
きっとずうっとこのままなんだ
くらげはいったいなんのぬれぎぬ着せられたのだろう
まだそれを聞いていなかったけど
もういまさら聞けない
くらげといっしょに
もうずうっとこのままなんだ

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コップの水



土間にふろがあって
わたしがふろに入っている、そのそばで
こままわしがこまをまわしている
声も音もたてずにまわしている
わたしも水音もたてずに、見ている
座敷のちゃぶ台の上に
水の入ったコップがあって
コップの水は波立ちたがっている
こまは上手にまわっている
こまの回転にそって
こままわしはほどけていく
コップの水はゆれることもできない
こまは上手にまわっている
わたしは水音もたてずに見ている

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猫がいる



ねているえり首のところに猫がいる
追っ払ってもどかない
人を呼んでもだれも来ない
襖の向こうはあんなににぎやかなのに
だから聞こえないのかと思って
大声出して何度も叫んでいるうちに
その声がじぶんの耳にも聞こえてないのに気づいて
こんどは耳をすませて叫んでみると
ううぅううぅと言っているだけだ
ううぅううぅと叫ぼうとしているうちに
目が覚めた
猫などいない
電気をつけて、そのままねた
ということをはなしたくて、訪ねていくと
門番がいて
用があるならその事を手紙に書いて来いというのだ
それを門番が読んで、通していいと思ったら
通してくれることになっているというのだ
それほど大げさな事ではなく
ただ、猫がいるということを言いたいだけだというと
そんなこと、どうという事じゃないじゃないか
と、門番のくせに威張っている
ほんとは猫なんかいないのだ
さっき、猫がいると言ったじゃないか
猫なんかいないのに猫がいたから怖かった
ということを聞いてほしいだけなのだ
あんたの言っていることはよくわからん
とにかく手紙に書いて来い、規則なのだから
と、門番に追い返されて帰ってくる
ねているえり首のところに猫がいる
それをはなしたくて訪ねていって
門番と言い合って
追い返される
門番はだんだんいきり立っている
帰る途中、大きな木の下で
猫のような毛虫がたくさん降ってくるような目にも会うのだ
ねているえり首のところに猫がいる
ねているえり首のところに猫がいる
わたしは座敷にとじ込められている
ねているえり首のところに猫がいる

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さぼてん



雨雲が
いちみり動く
雨雲が
いちみり下る
断食七日目
少女のわたしが現われる
空腹感がないのに
口へ食物を押し込まれる
目まい
高揚
雨雲が
いちみりくずれる
餓鬼のわたしが現われる
むしょうに空腹
草をむしって
石ころを拾って
手あたりしだいに食う
いくら食っても空腹
雨雲が
いちみりまたくずれる

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水嵩が増す
おぼれていく
わたし
わたしの涯を
わたしは知らない
左目が流れ出る
左目が見ていく涯の方へ
そのあとを追っていく
わたしの右の目

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月刊詩誌「詩学」 2002年7月号所載「指」… 2002.10.4.

「あおみみ」… 2002.10.4.

「自分」── 初出:山本テオ個人誌「しっぽ」9号(2001.8.31)──

「残ったものと」… 2002.10.26.

「生活」… 2002.10.26.

「刃」…2002.10.26

「出られない」「押入れ」「恨」 2002.12──

筆者註: 「家族」「こいびと」… 1996年頃のらしい古いノートに(推定)、
半分書きかけのままになっていたものを新たにまとめてみた。2003.1.21記

「黒いこうもり傘」…2003.4.7.

「せいしち」…2003.4.9.

「コップの水 」「猫がいる」月刊詩誌「詩学」 2002年7月号所載「ぬれぎぬ 」…2003.6.6.出

「さぼてん 」「目」 … 2001年頃の未発表作品

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