Epilogue (6)
おねがいですからわたしの悪口を
言って歩かないでくださいとたのみに行った
だれも出て来なかった
帰ってきてから、もしかすると
なんであんなこと言いに来たんだと文句を言いに
来るかもしれないと思って
雨戸を閉めて
風の音にもどきんとしながら待った
とうとうなんにも言って来なかった
それから何回もそうした
いつもだれも出て来なかったし
なんにも言って来なかった
わたしはだんだんなれてきて
向こうへ行って言うのも帰って雨戸を閉めて
待つのも上手になった
夏になって、新しい日傘を買った
さっそくそれをさして言いに行った
それでもだれも出て来なかった
そのうち日傘も色あせてきた
ある日、向こうの戸口へ日傘を忘れてきた
とどけてくれるかと待っていたが来なかった
それっきりもう行っていない
あんな色あせた日傘を取りに来たと思われそう
でいやなのだ
きっとそれを言って歩くにきまっている
おねがいですからいつまでも日傘のことなんか言って歩かな
いでください
とたのみに行かなければならなくなると
きりがなくなるのだ
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とじこめられて
とんがっているとんがらし
となりのねえさんがすきなとんがらし
となりのねえさんのきらいなとんがらし
とじこめられて
とんがっているぼく
となりのねえさんがすきなぼく
となりのねえさんにきらわれちゃったぼく
とんがっているとんがらし
きざまれちゃえきざまれちゃえ
ぼくのきらいなとんがらし
とんがっているとんがらし
とんがっているぼく
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わたしも橋をひとつ持っている
そのときその橋をかけて渡る
家に帰ると
いろりにまだ火種がある
ざしきに敷きっぱなしのふとんの中に
金縛りがもぐっている
わたしを感じて
かすかに動く
緊張する
がたがた動く
ぎっ、と身がまえる
声はたてない
声をたてたらこの家もわたしも
みんなこわれてしまうことを知っている
だからわたしもここでは決して声をたてない
いつも通り儀式がすべて終ったあと
橋を火にくべる
同じ橋を二度使うことはできないのだ
橋が燃えているそばで
新しい橋を作り始める
古い橋が燃えつきる前に作ってしまわないと
もうここへ帰って来られなくなる
急かされ急かれ作る
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つっ、と目が痛くなったとたん
目の前が破れて
砂がこぼれだした
砂はこぼれつづける
あかんぼを背おってゆらしながら
こぼれる砂を見ている
あかんぼはもうぬけ殻で泣きもなんともしないのに
ゆらしていると
温かくて、ちょうどいい重さだ
わたしの足もとに、にわとりが来る
おれんじとむらさきと白のまだらの羽がきれいだ
いま、わたしのまわりで色彩があるのはこのにわとりだけだ
早くしないと先に行くわよ、という声が
向こうでする
砂はこぼれつづけている
足もとのにわとりがしずかに動きまわる
早くしないとほんとに先行っちゃうわよ、と
また声がする
にわとりの羽だけがはなやいで
風景もわたしも砂色のまま
わたしは取り残されようとしている
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犬が星を見る
犬だって星を見る
あれはだれだろう
あんなに光るいくつもの目で
わたしを見ている
わたしをすきなんだろうか
なんだかこわい
小屋に入ってから
もいちどのぞいてみる
まだわたしを見ている
こんなにどきどきしている
犬が星を見ている
犬だって星を見るのだ
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吹きっさらしの渡り廊下を渡っている
こんばんだけなら泊めてあげるから
ともだちになれそうな人のとなりのベッドをさがすのよ
そうすれば水が飲みたくなったときたのめるでしょ
そうじゃないと自分が苦しむだけよ、ね、
受付でそう言われた
そこの右の渡り廊下をね、
北側の建物だからね、と言われた
右手を上げると教わったとき、西向きの教室だった
それでいまだに右をたしかめるたびいちいち西を向く
地図の上が北だと教わったとき、南向きの教室だった
うえがきたうえがきたいくらとなえても
地図の上の方から日があたる
北海道の人から初めて手紙をもらったときも
南をむいて想いをはせた
うえがきたうえがきた
吹きっさらしの渡り廊下を渡っている
うえがきたうえがきた
となえているとだんだん怖くなってくる
もっといいじゅもんがあればいいのに
うえがきたうえがきた
いちいちとなえなくてもいいのに声が出てしまう
風でわたしの地図がまっ二つに切れた
方向がぐるぐるまわる
わたしは目も口も失ってただのぐるぐるになって
渡り廊下を渡っている
うえがきたうえがきた
外側からそうはやしたてる大勢の声がする
切れた地図の
失くなった方にわたしのさがしている場所があるような気がする
地図の空までは切れなかったので
風は四方から吹きつける
渡り廊下ははてしなくつづいている
もうあれから幾晩すぎたのだろう
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猫がくちばしをはさむねずみの会議
かごにとじこめられたままのかなりやが聞いている
外は風が強くなったらしい
会議がはじまったばかりの頃は白かった壁紙が
茶色くなっている
女主人の肖像画はもうほとんど横にかたむいたまま
かちっ、
肖像画がまた動いた
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ごろん
そういって落ちていくのを見た
その実をひろって手の中でころがしながら
ごろん
とその音を口まねしてみた
ごろん
落ちる仕草をまねしてみようとして
悲しくなった
ごろん
食えもしないくせに
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箱があって
箱の中のひとつの隅に
あかんぼがねむっている
そして
これからわたしがしようとしていることは
そのあかんぼの見ているこわいゆめなような
気がする
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庖丁を研いでいると
耳もとで
わあああっ、と声がする
声はわたしの耳の奥へ奥へ入って行って
わたし全部に広がり
わたしは膨脹する
わたしもわあああっ、と叫びながら
庖丁の奥へ奥へしみ込んでいる
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旗が通った
北風に似ている
旗が通っていったとき
わたしはじっとがまんして
じぶんをおさえていた
旗が通ったあとが鏡のように
ずっと向こうまで透きとおって
じぶんをおさえているわたしが映っている
痛い
旗が痛い
わたしが痛い
痛いがずっと向こうまで映っている
旗はもう見えないのに
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わたしは冷い箱に入れられた
そいつがひとりで祭りのように
大勢になってわたしをかつぎ入れた
殺風景な箱の中を歩きながら
このへんにいっぽん木があったら
根本に座って休めるのに、と思ったとたん
外でぺしっ!とむちが鳴る
それは直にからだにあたったわけではないのに
それ以上に痛い
また歩きながら、ここに
そいつがひとりで大勢になって来て
とおせんぼしたら
わたしは泣き出すだろう
大声あげて泣くだろう
と思ったとたん、ぺしっ!とむちが鳴る
外はいま
天高くどこまでも青く晴れ渡っているんだろう
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選んだのはどろの舟
そういうことだ
選んだのだ
選ばなかった方の紙の舟は
まだ浮いている
もし、あの紙の舟を選んでいたら
舟の上から空を見上げて
ああいい月、なんていう時間があったかな
と思いながら
沈んでいく
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うす布のような光がひらひら宙を行く
そんなに迷わないで
わたしをすっぽり包めば
ここがあんたの場所になるのに
追いかけて追いつくともういない
見まわしてもふり返ってももういない
くらやみの夜うっかり外に出ると
こんな目にあう
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これは虹だったのだと
いまごろになって気づいた
青灰色のほそい傷
いたみはちっともうすらぐことはないのに
虹だったのだ
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「日傘」 2001.12.9.
「とんがらし」 2001.12.9
「橋」 2002.2.13
「砂時計」2001.4.29 初稿
「犬が星を見る」 2001.12.8 初稿
「わたしの地図」月刊詩誌「詩学」 2001年7月号所載
「だれもいない」2002.7.5
「ごろん」 2002.7.5
「こわいゆめ」 2002.7.10
「庖丁」 2002.7.10
「旗」 「秋晴 」── 2002.9──
「わたしの虹」── 2002.9.20 受 ──
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