Epilogue (3)

 








二千年元旦の夜の夢



夜中、息を切らしてかけずりまわっている
夢から、覚めぎわ、目の前を、大きな鯉がの
ぼっていく。一匹、二匹、三匹‥‥
のぼっていく鯉を目で追いながら、だんだん
はっきり覚めていく。
ねむりからは覚めてのことだから、夢では
ないが、現実でもない。幻覚なのだろう。
けど、夢の方へのが近い。
元日の夜の夢だから初夢だ。
二日の夜に見るのが初夢だというが、それ
はおかしい。初夢はやっぱり元旦の夜に見る
ものだと思う。元旦の夜中は、時間の上では
すでに二日になっている。それが初夢だ。
鯉とはえんぎが良さそうだ。いい年になれ
ばいいけど。実際の夢はといえば、息を切ら
してかけずりまわっていたのだから、そっち
が本物なのだということになる。それも、い
つものように、くだらないものを失くして、
いくらさがしても見つからなくて、というこ
とだったのだろう。よくおぼえていない。

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やくそく



立ちあがるときはすうっと立ちあがれたのに
進もうとしたら足がもちあがらない
かるいやわらかい藁ぞうりを履いているのに
すっすっと動けていいはずなのに
どうしても足がもちあがらない
そのわたしのまわりを
はだしのわたしがかけまわる
ふたり
さんにん
はだしのわたしは増える
立ちあがったままのわたしを埋めつくす

行くはずだったのに
行かなければならなかったのに
どうしても足がもち上がらないわたしは
だんだんわすれていく
どんなやくそくだったのかもどこへ行くはずだったのかも
ただ、行かなければという心だけ
はだしのわたしの群の中でもがいている

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黒の色



わたしたちは
白黒の天幕を扱っていて
早くHさんのところへたのまれた品物をとどけて来るように
いくら言っても、おとこは
あそこへは行きたくないと言う
そんなぜいたく言っている場合じゃないから
わたしはおとこに白黒の天幕を押しつける

色彩のないゆめの中では
黒い色がうすぼんやりしていて

目覚めてから
ほんとの黒の色に気がついた
わたしはゆうべ
初めて色彩のないゆめをみた

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こわれている



向こうに
ガラス戸を割っているわたしがいる
つぎつぎに割っている

わたしは目覚めていて、ゆめが
虹のように向こうへ架っている
向こうで
ガラス戸が割れるたび
見ているわたしがこわれている
こわれながら
向こうへ架っているゆめの方が濃くなりはじめている

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忍獣



ざっしのとびらに詩がのっていて
読むと
わたしの詩のような気がしてならない
なまえを見ると
忍獣とある
にんじゅう? しのぶじゅう?
きいたことないなまえだ

そのことをそのまま忘れていて
ひるま、ふとおもいだした
忍獣
よみ方はわからないけど
はっきり字をおぼえている
なのに詩はまるっきりおもいだせない
あれはゆうべのゆめだったんだ
忍獣
おとこっぽいようでおんなくさいなまえ
そんなことより、かんじんの詩をおぼえていたらよかったのに
あれはわたしの詩なのだから
いい詩だったのに

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空間



吊してしまったものはもう
手がとどかない
少女の表情で
年老っていくわたしを
見下している

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風景



電車のドアのところに立っている少女の
いま透きとおっていくものが
ゆれて
あっ、
少女自身、気づきもしないほどの
きっ、となるいっ瞬、

電車がとまって
人が降りたり乗ったりする
少女はしずかにドアのところに立っている

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場面



おとなしくしてないと打つぞ、とおとこの声
かんにんしてかんにんして、とわたしの声
しばられているのはおとこ
銃をつきつけているのはわたし
おとこはわたしのまったく知らない人だし
芝居のれんしゅうなんかでもないのに
ちぐはぐのどっちが本当なのか
おとこの声はますますドスがきいてくるし
わたしもやたらさわぎたてている

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別離



あとからあとからしゃぼん玉のように
わたしが出ていく
みんなきゃっきゃっとはしゃいでいる
もっとゆっくりしずかに行けばいいのに
もう帰って来られないのだから
みどり色のわたしがひとつ、痛い
それがこっちのわたしにひびいて
痛い
それだけがあいさつのようにして
あとからあとから出ていく

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東庵



医者ぎらいのわたしは、かかったことがないので面識はないが
にさん軒さきに
東庵という医者がいるのは知っている
その東庵を、しばらく置いてほしい
と、大家がたのむのだ
あんまりいい気はしない
まして相手はおとこだ
おんな同士ならうっとおしいだけだが
おとことなるとそのほかいろいろめんどっくさい
などと思うひまもなく東庵は来てしまった

うっかりいつものようにトイレの戸をあけたら
東庵がしゃがんでいる
びっくりして赤面してあわてているのに
東庵は知らんぷりしてしゃがんでいる
どうやら東庵にはわたしが見えないらしい
つまり東庵は、ここで一人暮ししているつもりらしい
そんならわたしも同じようにすればいいのだが
わたしには東庵が見えてしまうのだ
おしっこはもりそうだし

わたしも東庵なんか気にならなくなるれんしゅうをしている
大声でひとりごと言ったり
東庵のわるくち言ったり
ねころがっているところを思い切りけとばしてもみるのだが
東庵は何も感じないらしいのに
わたしの足は痛いのだ

大家が家賃をとりにきたので
早く東庵を引きとってほしいとたのんだところ
えっ?なんのこと?
東庵さんなら東庵さんのうちでしごとしているよと言うのだ
ほら、あそこにぼけっとしているの見えないのと言っても
大家には東庵がまるっきり見えないらしく
へんな顔してお金持って逃げていく

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いびつなボール



いびつなボールがころがってきた
なげ返してやった
のに、受けとりそこねた少年が
ぼんやり立っている
せっかくなげ返してやったのに
とりそこねたのはきみなんだから
ひろうぐらいしなさいね
ねえ きみ、
ひろいなさいってばあ!
いくら言っても動かないので
ひろって、渡すつもりで
そばまで行くと
豹の毛の山羊が
首も動かせないほどみじかくつながれている

これは見せ物だよ
このへんの名物だよ
あんたもこれを見に来たんだろう
番人がそう言う
でも、いくらなんでも
これじゃひどいよ
水も飲めないよ
いいんだよ
これがこれの受けてる刑罰なんだから

(刑罰なんだから?)

わたしは何をしたのだろう
(これがわたしの刑罰なんだから)
さっきまではわかっていたのに
水が飲みたいなんて思ってしまったから

いびつなボールは
もっといびつになって
またころがってくる

わたしの刑罰は
もっと酷くなる

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やくそく



いま、わたしは


酒飲むおとこの顔が
映っている
知っている人だ
ずいぶんとおい昔の記憶だ
さがしていたのかもしれない

おとこが
酒を飲み干すまえに
早く思い出さなければ
わたしは終れない

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叫びたい



まだ組立て終わらない自分を
こわしている
組立てるときよりねっしんに
こわしている
こわれるけだるい微熱
もっとこまかくこなごなに

いくらこわしてもこわれないものに
いらだちながら
こわしてもこわしてもこわしても

組立てるまえの自分に
行きつかない

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理由もなく悲しいから



くるくるうずまいて
濃縮する
とろんとろん
みんなわすれたふりをする
とろんとろん
ほんとにわすれちまいそう
くるくるうずまいて

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「二千年元旦の夜の夢」 2000.1.2

「やくそく」 2000.2.9

「黒の色」「こわれている」 2000.2.

「忍獣」…… 2000.4.12

「空間」00.4.30

「風景」00.5.2

「場面」00.5.7

「別離」00.5.11

「東庵」00.5.12

「いびつなボール」  「やくそく 」 
「叫びたい」 「理由もなく悲しいから」 ── 2000.5.末 (出) ── 

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