その草に 灰色のつぼみが ひとつあって
中をのぞいてみたら
深い井戸だ
清水がぜいたくに気に湛えられている
おーいと叫んだら
水の中からわたしが ぬうーっと浮き上がった
顔にそのつぼみが へばりついて痛い
もがきもがき やっと引き離すと
つぼみは少し開きかけていて
こんなところで道草喰ってなんかいないで
早く行きな と言った
わたしはどこへ行くところなんだろう
注:
ぜいたく気(げ)に 湛(たた)えられている
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からだ半分海に浸かった母が
いい匂いのするごちそうの入った籠を
高く持ち上げながら
あついうちに食べるように
早くいらっしゃーい
と にこにこしながら呼んでいる
砂の上から起き上がって
わたしがかけ寄ろうとすると
母はそれを避けるように
左へ右へ移動しながら
だれかを呼びつづけている
海の方にも
陸の方にも
母とわたししかいない
荒い波と
寒い風の
海辺だ
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あれが
だいこんになって家の前にいたのだ
交番にそう言い行くと、おまわりさんは
だいこんですかぁ だいこんじゃあねぇ
われわれにはどうしようもないですな という
だいこんじゃだめですか
ええ だいこんが家の前にあったからって
いちいち警察が出て行ったらどうなりますか?
でもあれは 本当はだいこんじゃないんです
わたしへの嫌がらせなのです
でも見た目はただのだいこんなんでしょ
じゃあ、どうすればいいんですか
食べちゃうか
捨てちゃうかしてください
そうすれば相手もあきらめるでしょう
で
まさか食べるわけにもいかないし
ごみに出すわけにもいかないから
わたしはこのだいこんを
わざと大げさに葉っぱのところをにぎって
ぶらぶらゆさぶりながら
遠い山の中へ埋めに行くところなのだ
どうしてあれがだいこんになどなったかは言えない
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道草」2012.1.20 「不幸」2011.1 「だいこん」2011.1