もう だいじょうぶだから (大日本図書 )
ひとりがすきなわたし
ひとりがきらいなわたし
ひとりになりたいわたし
みんなすきなわたし
みんなきらいなわたし
みんなにすかれたいわたし
ひとりになれないわたし
みんなのなかでひとりのわたし
口笛ふいてみる
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いく重にも
波がおしよせてくる
わたしも
あるかぎり魚の群になって
むこうへおしよせる
いくらおしよせても
海には
とどかない
注:
「いく重」=いくえ
「魚の群」=うおの むれ
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雨が ひとりで
ふっている
まだ 午前中なのに
雨が ひとりで
ふっている
わたしが 学校を
やすんでいる
きょうは 月曜日なのに
わたし ひとりだけ
やすんでいる
雨が 学校の方へ
ふっていく
わたしが ガラス窓から
学校の方へ
背のびしている
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きゅうに、暗くなった
と、おもったら
空から、わたしが
落ちてきた
また、失敗しちゃったね
落ちてきたわたしも
見てしまったわたしもどうしていいか、わからないので
いっしょに、空を見る
綱がぴんと張ってある
かのように
注:
「綱」=つな
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どっちへ行こうか
左と右へ別れるところで
わたしが追いかけてきた小さなものが
立ち止まっている
小さなものが
どっちへ行くかきめるまで
待っていようか
先に行ってしまおうか
わたしも
まよっている
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たまには 遠くへ行きたい
たまには おもいきりはしゃぎたい
ぜんぜんちがうわたしに なっちゃいたい
ざわざわざわざわ
わたしのこころの中から出て行ったものが
ドアの前で
混雑している
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パジャマを たたむ
ゆうべ わたしが
入っていたとおりに
ほら ここに右手
この手で
ゆうべのゆめと同じに
窓をあけるのよ
ズボンを たたむ
まず この右あしを
窓にかける
それから この左あしも
そして とびおりれば
あの公園の中
ゆうべと同じに
みどりの馬が
待っているのよ
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夜
ねむりに入りかけると
らいおんの、ね息がしている
これから
わたしは、らいおんになるのだ
じゃんぐるの中で
ゆっくり、深呼吸する
それから
しま馬狩りに行く
だんだん
わたしの息より
らいおんのね息の方が高くなる
(らいおんは、らいおんでしま馬狩りなんかより 机にむかって
しずかに本を読んでいるゆめでもみているのかもしれないが)
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いま、わたしは
じぶんの置場がない
わたしの居場所はある
父がいる
ふつうの人
母がいる
ふつうの主婦
妹がいる
けんかもするけど
ふつうの姉妹
よくを言ったら、きりがない
わたしの居場所にすわっていると
置場のないじぶんのことが気にかかる
そのうちだんだん わたしの比重が
そっちへ重くかたむいて
ゆらぎだす
しまいには
わたしぜんぶがゆらぎだし
わたしは
わたしの居場所からもずり落ちてしまう
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声は
TVのアンテナをとびこえて
おうおうおうおう
あたりいちめんこだまして
おうおうおうおう
声は
わたしをぐるぐるまきにして
おうおうおうおう
わたしぜんぶが声になって
おうおうおうおう
いま
わたしが
泣いているんです
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こうしていることが
無意味におもえるときがあるのです
こうしているだけで
すばらしすぎるときがあるのです
まっかなコートを着て
街へ出てみたら
どこかのあわてんぼうが
ポケットに
ラブレターをほうりこんで行きました
狂っているんじゃないかと
不安になるときがあるのです
狂っていないことが
もどかしくなるときがあるのです
わたしであることをたしかめたくて
鏡を見るのです
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脱皮の予感がする
おこりっぽくなる
肌が あまざけ色に、にごってくる
脱皮したら
魚になりたいな、とか
脱皮したら
殻まつりしよう、とか
じぶんを、だましだまし
耐える
いいことばかり思おう、とおもうのに
のどばかりかわく
指さきから
へんなにおいがする
脱皮したら
ぜったい、殻まつりをしよう
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りんごになっちゃいたい
りんごになって
テーブルの上で
まっかに
しずかに
光っていたい
なんだか もう
みんな あきちゃった
ねこかぶってるのに
あきちゃった
家出にあこがれるのさえ
あきちゃった
りんごになって
テーブルの上で光っていたら
だれかにかじってもらいたいかんじ
わたしであることにあきちゃった
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海の初めも
いま泣いているわたしと
おなじだったのかもしれない
海だって
波だって
感動だけで成り立っているはずない
悔しさとか
悲しみとか
いくら大きくったって
わたしとちっとも変りゃしないんだ
きっと
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歯が いたい
いたいのは
たった いっぽんの歯なのに
わたしのからだぜんぶからすれば
小さなことなのに
それなのに わたしは
ひとばんじゅう ねむれないで
泣いた
小さな国と国とが
せんそうをしている
ちきゅうぜんたいからすれば
小さな国のことでも
小さなことではない
そのことで ちきゅうは
ちきゅうぜんぶが
いたい
歯がいたくて
ひとばんじゅう、ねむれないで泣いた
わたしより
せんそうのせいで
かぞくを家をなくしたこどもは
手や足さえなくしたこどもは
言えないほど
いたい
いろんな生きものの
いたみで
ちきゅうは、いま
ちきゅう全身
苦しい
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未知へ 未知へ
いくら伸びていっても
根は
自分の花が
見えない
わからない
伸びている、この
どきどきが
花に伝わっているのだろうか
花なんて
ほんとうにあるのだろうか
そうおもいながら
根は
未知へ 未知へ
伸びている
わたしも
わたしのなんにも
見えないまま
わからないまま
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朝 おきて
かがみを みがくのは
あこがれの こころです
どうぞ
わたしが
きれいでありますように
朝 おきて
かがみに うつるのは
あたらしい 今朝の
わたしです
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長泣きのわたしが
泣きつかれて
泣いている理由を考えているうち
うふっ、と笑ってしまった
とき
わたしが風になったので
草や 木の枝や
花まで
さわさわ
いっしょに笑っている
わたし
もうだいじょうぶだから
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わたしの中に
一本
天才線があって
わたしは
いま
その線の上を
サーカスのように
渡っている
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くやしさは塩
上等な塩には甘味がある
と、教わった
うん!
後悔なんていわない
上等な塩
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宇宙も
大きくなっている、という
わたしが
おとなになるように?
わたしは
はてしない宇宙へ
手をひろげる
宇宙も
もっとはてしないものに
むかっている
はてしなく
はてしなく行けば
いつか
わたしたち
出あえるかもしれないね
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ことばでも
文字でも
言えない
いま
わたしの中の
この
熱いもの
だれにも見えないもの
わたしにさえ
さわれないもの
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ことし
いろいろありがとう
さあ
わたしのこころの中で
おやすみなさい
じまんできるほどのこと
なにも
なかったけれど
この一年に
かんぱい!
ことし
いい年だった
わたし
──きれいになったよ
なんて
いわれたりしたし
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* 未収録作品
「地球」「たまごの家出」「きらきら」
「緊張」「電線」「らっきょうになってしまったから」
「真珠」「せみ」「時間」「ゆめ」「青」「なきむし」
「日曜日」「わたしはいつだって」「わたしの宇宙」
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