Epilogue (2)
でんしゃごっこ
うんてんしゅはきみ
電車なんかみたこともない
ぼくたち、いつも
はだしのまま
でんしゃごっこ
うんてんしゅはきみ
ぼくたち
初めて電車に乗ったのは
行方不明だったきみの
悲しい知らせがあったから
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声は
TVのアンテナをとび越え
おうおうおうおう
あたりいちめんこだまして
おうおうおうおう
声は
わたしをぐるぐるまきにして
おうおうおうおう
わたしぜんぶが声になって
おうおうおうおう
いま
わたしが
泣いているんです
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いちのやしきのいちろうえもん
にのやしきのにざえもん
さんのやしきのさんたろう
よからぬそうだん
ごくつぶし
ろくでなし
なんだかんだ
やばいはなし
ここまできて
とほうにくれて
じゅういちいちからやりなおそうか
じゅうにで十二の鐘ついておけ
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ずいぶんむだにしたね
ことばも
時間も
ずいぶんついたね
やさしいうそも
ひどいうそも
ほんとはただ
さよならと言って
さよならと聞いて
あとで
砂の交合のようにひとり泣きながら
むこうも同じなんだと気がつくまで
たださらさらさらさら
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いまは鬼が常態 鬼になる青みどろどろ 角がのびる狂気 そんなものはみんなもう語り草 あっ、ちょっと左の角がかゆい 手はとどくけど いくら掻いてもかゆみにとどかない
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おびにみじかくたすきに長く
どうしようもないひも
おとこにまきつけてひっぱる
はりつめた痩身、ひりひり痛い
鏡の中でわたしの形をしたものが
わたしを見据えて
だんだん狂って
いくらでも狂って
おとこを引き込んでいく
おとこ
鏡の中へ引き込まれていく
もう後姿になっている
肩をゆすっている
おびにみじかくたすきに長いひも
おとことの距離がうまく計れない
ひもをまきつけたまま
おとこは遠ざかっていく
おびの長さなんかより遠くへ行ってしまったのに
わたしはまだひもをにぎったまま
はりつめた痩身、ひりひり痛い
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「帰る」なんてものはないんだと気づいたのは
どのへんでだったろう
「行く」にしたって
そう呼んでるだけのまぼろし
だれにも
「わたし」をおさまえておくこともできない
ほら、
いまちゃんとつかまえたつもりでも
そこにはもうなにも
ない
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「死」にして
母へ返すのだ
火の中でかたっ、とくずれたとき
母が
ほっ、と息をつくのだろう
土に返ったとき
母に
はじめてあえるのだろう
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刺客が通る
死角へまがる
まがってもまがっても死角
視角が死角
四角の中の視覚
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らっきょうになってしまったから
自分の皮をむいている
むいていくうちに澄んでくる気がする
だんだん透きとおってくる気がする
いちばん奥にわたしがいる気がする
ああ、もう手がつかれてきたけど
むいていくうちに、むいていけばだんだん……
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川に添って行って
橋があったら渡ればすぐだというので
そのとおりに来て
川はもう地球からははずれてしまったのに
どこまで行っても橋が見あたらない
こんなにいいおてんきなのに
こんなにいいおてんきなのに
いくら行っても橋がなかったら
やくそくの時間にまにあわなかったら
地球からはずれてしまっても
もし橋があったら
渡ればその家はちゃんとあるんだろか
まだやくそくの時間にまにあうんだろか
もしその家があったら
はじめになんてあいさつすればいいんだろか
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Iさんいますか、と電話がかかってきた
Iはもうこの世にいないんですが、というと
えっ?とおどろいたようすで、しばらく間があってから
ああ、そうでしたよね、ごめんなさい
わたしどうかしているんだわといって、だまる
名まえをきこうかとまよっているうちに
ごめんなさいねとまたあやまって
むこうから電話を切った
いく日かしてから、また
Iさんいますかと電話がかかった
Iはもうこの世にいないんです
ああ、そうでしたわよね、ごめんなさい
と、すぐ切れた
聞いたことのある声のような気もする
次の日
道でその人に会って立話をしているうちに
あっ、と思った
この声だ
この人とは、会えばちょっとこうして立話ぐらいはする間柄のわたしの知りあいだ
だけどむこうは電話のことなどなんにも言わない
とつぜんそんな話をするとこっちが変に思われそうだ
それからまたいく日かして
すみません、Iさんにちょっとお聞きしたいことがあるの
ですがと電話がかかった
Iはもういないんですと言ってこっちから電話を切った
それっきり電話はかかってこなくなった
いまでもときどきその声の人には道で会う
会えばとりとめもない話などする
だけどこの人から
わたしに電話がかかってきたことは一度もないし
わたしもかけたことがない
道で会うたび
この前つづけて電話くれたでしょ、と言ってしまいそうになる
むこうの態度にはそんな気ぶりひとつもないから
会うたび
電話のことを言ってしまいそうな自分が
だんだん怖くなる
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歯がいたい
あいたい
こころもいたい
いたいいたいいたい
あいたい
あいたい
わたしぜんぶがいたい
いたいいたいいたい
あいたい
あえないまま
あえないさいご
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わたしの歯に住みついている
虫の家族
働きものの父親は
世の中こんなものさと、さとり顔で
せっせとわたしの歯のまわりを掘り返えす
母親はヒステリックに
わたしは男運が悪いからとぐちりながら
隅の隅までせかせかつっつきまわす
母親がつっつきまわったすき間から
青白いこどもがうじゃうじゃのぞいている
テレビに
西洋の古い町が映っている
とんがった建物
黒ずんだ窓
わたしの虫歯に似ている
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あんたの風景を吸う
あんたの風景はさみしい
だから木を一本植えてやる
木には葉が茂っている
風も吹いてくる
鳥もとんでくる
だけど
あんたの風景はやっぱりさみしい
古いハッカのようにさみしい
あんたの風景を吸う
あんたの風景を
わたしが加えた木によりかかって吸う
枝がゆさゆさゆれている
わたしもゆさゆさゆれている
いまあんたはどの辺歩いているのだろう
あんたの風景の中からは
あんたのことがなんにもわからない
あんたもゆさゆさゆれてるのかもしれない
あんたの風景の中にいると
あんたのことはなんにもわからなくなったまま
あんたの風景を吸う
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Kが死んだ
もうかんけいないけど
Kが死んだ
その人もそのことを言うために電話くれたわけではない
もうずいぶん前らしい
話のついでに
Kが死んだ
話のついでの話だけれど
かんじんの話よりそのことの方がわたしの耳に
溜ってしまった
Kが死んだ
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「うんてんしゅはきみ 」 「いま わたしが泣いているんです 」
「やばい はなし」 「さよなら 」── 1999.9.14 ──
「鬼 」「ひも 」── 1999.9.14 ──
「そこには 」「責任」「刺客」── 1999.10.1. ──
「らっきょうになってしまったから 」「こんないい天気なのに」 ── 1999.10.4. ──
「声」99.10.29
「あえない」99.10.27
「虫歯」99.10.14
「さみしい風景」99.10
「Kが死んだ」99.10
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