Emerge (2)

 











残暑



ふっ、と秋を感じた朝
残っている歯がみんな延びた
背中がもっと骨ばってくる
鬼婆なんて陰口言われているのだろう
うつむいて歩いている
生家を通り過ぎて
母の生家への道を歩いている
歩いて歩いて
母の生家も通り過ぎてから
草がだんだん深くなる
噛み噛み歩いていた草で口を切ったらしい
血をたらしている
草ぐらい噛んだって治まり切れないものを
噛み噛み
知らない道を歩いている
まだ暑い

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気がついたときには
それに取り憑かれていた
いやな気はしなかった
そうして
あるときその匂いに気がついた
いやな匂いではなかったが
気になった
気になり出すと
そればかりに気をとられるようになった
取り憑かれているといったって
実体があるわけではない
忘れた頃に
ふっとその匂いがするのだ
ただのわたしと
取り憑かれているわたしが
どうちがうのかわたしにはわからない
匂いだってあらためて嗅いでみると
なんにも匂わなくて
気のせいのようでもある
だが
わたしは取り憑かれているのだ
そう気がついてしまったのだから
そうでしかないのだ



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せんたく



いつも使っている座布団が汚れてきたので
たわしでごしごし洗っている
洗いながら
カバーだけはずして洗えばよかったのにと気がついたが
もう洗い始めてしまったことだから
そのまま洗っている
向こう側で
犬のぬいぐるみを洗っている人がいて
むかしはこの犬も若かったから
いやがってあばれて大変だったけど
いまはこんなにおとなしいと言い言い
洗っている
洗うそばからぼろぼろちぎれて
犬はだんだんやせていく

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同志



信号がまだ青なので
渡り出す
となりにもう一人いる
途中で赤になってしまった
安全地帯がないので
二人でそのまま車をよけよけ渡る
途中でまた青になる
ゆっくり渡る
渡り切って
青のうちに渡れてよかったですね
知らない同志なのでていねい語で言って
笑い合って
右と左に別れた

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わたしのなかで
芸人は
庖丁をお手玉のようにあやつっている
手元が狂うようなことはない、のに

そのときは
はじめに投げた一本が空にこぼれて消えた
なんの一本ぐらいと思いながら
続けて
二本目もこぼれて
次々にこぼれて消えた
一本だけ残ったのを
ぐるぐるぐるぐる早廻ししながら
十本もの庖丁のように見せて
仕終えたとき
とうとう全部消えていた
芸人は
目が見えなくなったのかと疑い
両手を動かしながらながめた
見える
あたり四方も
灰色の壁ばかりだが
よく見える
ただ庖丁が見あたらないだけだ

わたしのなかぢゅうに
庖丁が刺さっている
痛い
芸人が
どたどたどたどたさがしまわっている
ときどき庖丁を踏む
痛い
踏んでもころんでも
足を切っても手を切っても
芸人は
痛くもなんともない
ただ庖丁が見あたらないだけだ
いまも
どたどたどたどたさがしまわっている

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角の生えて



目の上にあおい角が生えた
うつうつ一日暮れて
こんどは鼻のわきにも
耳の付根にも
あれよあれよと
あちこちに生えた
角は竹の子に似ている
もしこれがもっとのびて
皮がむけて
枝が出て葉が出てきたら
わたしは竹山になってしまう

竹山になりたかったわけではない
あの竹山が好きなだけなのに


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わたしの番



人が大勢行き来している橋の上で、
とつぜん、とうとうわたしの番がきてしまった!
と叫んでいるわたしが、いた。
とんでもないことを言ってしまったらしいと
気がついたが、もう遅い。
その時、傍にいた人が、
「そんなら早く帰って仕度しなさい。
ほら、これを忘れずに持って行きなさい」と、
大きな荷物をよこした。
わたしは、もうただ怖くて、何も彼も上の空で、
その荷物をかかえて駈け出した。
家に帰っても、だれもいないし、
どうすればいいのか、何をしなければならないのか、
さっぱり分からなくて、
しばらくひざをかかえてうずくまっていたが、
落ちつかないので、立ち上って、
また外へ出た。

草が茫々生えている湿地を、裸足で歩いている。
ふだんなら、こんな所、めめずでも蛇でもむかででも、
気味の悪い虫ならなんでも居そうな所へ、
しかもこんな夜更けに、足を踏み込むなんて、
とても考えられないのに。
向こうは沼で、沼はじっとしている。
しばらく沼を見ていた。
向き合っていると、沼が引き込みたがっているようで、
こっちから飛び込みたくなる。
いっそ、そうすれば、すべて早く終るという気持ちと、
恐怖が入り混って、どきどきしてきて、
じっとしていられなくて、また駈け出していた。
こんな夜更けなのに、
機械がウーウー唸っている工場の傍を通る。
工員達のわあわあ言う、若い声もしている。
大急ぎで通り過ぎる。

粗末な家が並んでいる町に出た。
もう寝静まっている。
井戸があって、井戸端に、人がうつ伏している。
もう死んでいるらしい。
どうしよう。だまって通り過ぎてしまうこともできる。
でも、この人、
このままひと晩過ごさなければならないとしたら、
とてもそんな可哀想なことはできないと思いながら、
「ここにだれかたおれていますよう。
早く助けてあげてくださあい!」
と叫んだ。
人があちこちから、影のように出て来た。
その中に、思いがけない父もいて、
わたしだと分かると、血相変えて睨んでいる。
あわててわたしが駈け出すと、
泣き泣き何か言いながら追いかけて来る。
父とはもうずい分会ってないので、会うなら、
もっと落ちついた心で会いたかったのに、
父も、ほんとはそう思っているんだろうに、
悲しい親子だと思いながら、わたしも泣き泣き逃げている。

父とは、もうずい分離れてしまった。
駈けるの止めて、歩く。
歩きながら、考えてみると、わたしの番て、
何だろう。とても恐ろしいことのような気もするが、
改めて考えてみると、よく分からない。
死に似ている気もする。死そのもののような気もする。
分からない。

橋の上にいる。
人が大勢行き来している。
わたしは、その中に混りながら、
意味の分からない不安で、どきどきしている。

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えんぴつで書いた二本の線の間の先に
門という字がある
わたしがそれをくぐって出て行く
こっちを見ないまま
わたしに気づかないまま

わたしがいるだけでいっぱいの檻の中にいる
底がない
わたしは浮游している
外から見たら
気楽そうに見えるだろう

嵐のまねをしてみる
めちゃくちゃにゆれる
こんな狭い檻の中なのに
どこへもぶつかりもしない
何も起らない
浮游しているわたしがいるだけ

ここから見える所に
風の巣があって
静かにゆれている
中で、風のひなが親の帰りを待っている
待たれているのは
わたしのような気がしてならない

門という字を書いている
いくら書いても
ひとつも格好がつかない
門門門門門門
そのひとつひとつを
その字に似た不恰好なわたしが
おどおどくぐって出て行く
門門門門門門門門

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いも



いもが川を流れていく

そんな重たい体でよく浮いていられるね、
なんて思っているんでしょ
ももだって同じくらい重たいと思うけど?
もも太郎の話よ
そのうちわたしをだれかが拾って
割ってみたらいも子が出てくるのかな
いも子はどんな子なのかな
なまえはちょっと冴えないけど
すごい美人だったりして
なんて思いながら

どこまで行っても川は尽きずいものまま
どこまで行ってもだれひとり通らずいものまま
いものまま川を流れながら年老いて
いまだにずっといものまま

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花もようのズックのかばん



花もようのズックのかばんを横がけにした老女が、
つまづいて、ころんだ。
ふん、いつまでも若いつもりでいたって、
と他人が横目で嘲笑して行く。
あれはわたしではない。そう思ったとたん、怖くなった。
ほんとはわたしなのかもしれない。
自分の姿恰好をあらためて見てみる。
着ているもの、持っているもの、
目立つようなものは何も身につけていない。
いま、わたしは、ただ通りすがっただけだ。
だけど、もし、わたしにあんなことが起ったら!
早く行ってしまおう。そう思って急ぎながら、
なんだかひざのあたりがひりひり痛い。
やっぱりあれはわたしだったんだろうか。
早くここを抜け出さなければ。早く!
ころびそうになりながら、
あれはわたしではないあれはわたしではない!
大丈夫、わたしはあんな恰好はしてない。
早く!早く!自分で自分を急き立てながら、
なかなか抜け出せない。

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雪だるま



たった今気がついた
くやしくって泣けてきた
泣いても泣いても止まれない

わあわあわあわあさわいでいたあの子ども等の
わたしも仲間の一人だと思っていたのに
わあわあわあわあ
わたしの心は高ぶっていた
わあわあわあわあ

あんなにはしゃいでいたのに
あんなにさわいでいたのに
だれもいなくなって
わたしだけひとりぽつんと残っちゃって
だんだん心細くなってきて

そして
たった今気がついた
てんきになったあ!てんきになったあ!
雪だるまが溶けているぅ…
あの子ども等が話しながら
こっちを見ぃ見ぃ
行ってしまう
そうなのだ
わたしはたった今
気がついたのだ

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まっくら闇の中で



白い紙の上で
蟻になっている
わたししかいなくて
方向もさっぱりわからなくて
走りまわるしかなくて
ただただただただ走りまわって
どのくらいの時間がたったのだろう
黒い紙の上で
白い蟻になっている
まっくら闇の中を
ただただただただ走りまわりながら
ときどき
にんげんの記憶が甦ってきて
もう今は
わたし全部が
爆ぜるしかなくて
ぱちぱちぱちぱち爆ぜている

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はみ出してしまうものと肥大する空白と



道端で犬がおしっこをしている
それが朝日に光っている
通りかかったわたしは
そのときのどが乾いていたわけでもなく
その犬を可愛いと思ったわけでもないのに
横ばいになってそれを吸いたくなった
怖くなって
早く通り過ぎてしまおうと思っても
前へ進めない
犬のおしっこはいつまでも止まない
手をぐっとにぎりしめて
くすり指で掌を痛いほど爪立てながら
ふるえている

口を金具で止められた
それからずっと
鼻から管で水を流し込まれて
使いなれた食器が
肥大しながら乾いていく音を
聞いている

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いくら小さなこどもでも
つつっと渡ってつつっと引き返せる位の
小さな橋だったのだ
そのたもとまで行くとどきどきして
目まいがした
渡ってはいけない渡ってはいけない
渡ったら掴まってしまう
渡ってみたいのだ

今わたしは
四方橋に囲まれた町に住んでいて
買物ひとつ行くにも橋を渡る
橋なんて意識もないまま渡っている
いちばん小さな橋でも
あの橋よりはずっと長い

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かかし



わたしの古いものを着たかかしが
一列に並んでいる道を
歩いていく
どこまでも尽きない
闇夜なのに
かかしたちの姿だけ照っている
はれの席へなど着て行ったことないものばかりなのに
と思っていると
ここがはれの席と思ってね
照っているふりぐらいしないとね
という声のようなものが
わたしのからだ中に染みてくる
道はしめって重たい
どこまで続いているんだろう
もうすぐかも知れないし
かかしが尽きたら
空の席があって
それがわたしの席なのかも知れないし
もうどんな声も染みてこない
しめった重たい道を
歩いていく

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遊び



上の山から木の枝が蔽い被さってくる崖下の道を
三人
たてに並んで歩いている
わたしたちはもくもくと歩いている

ねえ、ほんとにこの道でいいの?
とつぜんいちばん前の女が聞く
わたしは知らないわよ
あんたが知っていると思ってついて来たんだから
にばんめの女が言う
そうしてがわがわがわがわ口喧嘩をはじめる
わたしはいちばんうしろから
だまって歩いている
がわがわ言い合いながらも
二人の姿勢と歩調はくずれない
わたしも同じ姿勢と歩調でだまって歩いている
そういえばわたし達はどこへ行くんだろう
そう思ってぎょっとする
ほんとにどこへ行くんだろう
前の二人に聞いてみたい気もするけど
聞かない

いくら歩いても
上の山から木の枝が蔽い被さってくる崖下の
同じ道を
三人
たてに並んで歩いている
もう二人とも何も言わない
ほんとはわたしたち
どこか目的に向って歩いているのではないのだ
この木の枝が蔽い被さってくる山のまわりを
ぐるぐるぐるぐる何度でも
いつまでも歩いてまわらなければならない
無期刑者なのだ
それでときどきさっきのように
口喧嘩のお芝居をして
遊ぶのだ

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今日も



藁小屋の牢で
わらぞうりを作っている
ここから出て行くときのために
あれこれ思いながら静かに作り始めても
だんだん思いは曲ってくる
外では祭りの音がする
あの中にわたしもいるはずなのに
ほうら、思いは涯もなく執ねく曲る*
祭りはなおいっそう華やかに近づいてくる

手を休めて
飲み水の甕の中をのぞくと**

涯しなく深い
底で
わたしが上見て睨んでいる

祭りはもうわたしの牢の前に来た
そしてすぐに通りすぎるだろう
今日もまた
ぞうりは長すぎてしまった
初めから作り直しだ

* ルビ「執」={しゅう}
** ルビ「甕」={かめ}

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まつり



おっかさん、と呼びかけられた。
ふりむくと、
わたしとあんまり違わない位の年齢の男がいる。
横目でにらむと、だっておっかさんだもの。
あれからおたがいに、幾度も幾度も
いろんなものに生まれ変ったから、
忘れても無理はないけど、
だけどおれはちゃんとおぼえているよ。
おまえはおれのおっかさんだよ。
おっかさんがおれを生んだときは難産だったから、
あのときの痛みが、どこかにまだ残っているはずだよ
。 おれだって苦しくて痛い思いをしたから、
まだおぼえているんだよ。
わたしはだまって歩いている。
おっかさん、あめがほしいよ、という。
ぽけっとをさぐると、大きな黒あめがひとつある。
つっけんどにつき出すと、あっ、まだあるんだね、
このあめ、おっかさんによくもらったっけ。
なつかしいなあと言い言い口に入れてもぐもぐなめている。
わたしはだまって歩いている。
おっかさん、のどがかわいた、
と、まだあめが入っている口で、ぎごちなさそうに言う。
袋の中の飲み残りのお茶を出すと、
ごくごくうまそうに飲んで、それでもあめはまだ口を
ふさえでいるらしい声で、ああうれしいなという。
おっかさん、おっかさんおっかさんおっかさん。
返事なんかしなくてもいいんだよ。
ただ呼びたいだけだからね。
おっかさん、おっかさんおっかさん。
まだあめが入っている口で呼びつづけている。
わたしはだまって歩いている。
ふたりで歩いている。
わさわさわさわさ向こうからまつりの音がしてくる。
わさわさわさわさわたしの心もさわいでくる。
おっかさん、おんなじだね、
おっかさんがいなくなったあのときも、
おんなじものが来たんだよね。
こんどはいなくなっちゃ、やだよ。
そう言いながら、わたしの袖をぎゅっとつかんでくる。
わさわさわさわさまつりの音はだんだん近くなる。
そうだ、わたしはこのまつりを見にきたのだ。
わさわさわさわさわたしの心はもうどうしようもないほど
さわいでいる。
おっかさんおっかさんおっかさん…
男はなおも強くわたしの袖をつかんでいる。
わさわさわさわさわさわさわさわさ
二人を無視して、まつりは通りすぎて、行ってしまった。
…………もうなんにもきこえない。
気がつくと、男もいなくなっている。
今度はわたしが置いていかれてしまったらしい。
もしかして、むこうでも、また置いて
行かれたと思っているかもしれない。
わさわさわさわさわさわさわさわさ……
わたしの動悸だけがまださわいでいる。

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見舞客



人前で
二人で踊った話など
見舞客の
世迷いごと
いつのことだか
むかしのむかしのこと
ななしのごんべい同士がさ
病は気から
ここらあたりで
とうとうたらりとうたらり

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障子ががたがた言っている



わたしの中から起き上って出て行くものを
見ている
まくらのくらさのくらくら
くらい夜
口から出まかせしゃべりながら
まくらのくらさのくらくら
まくらのくらさのくらくら
つり橋を渡っている
まくらのくらさのくらくら
まくらのくらさのくらくら
ひき返してくる
まくらのくらさのくらくら
まくらのくらさのくらくら
また渡っている
調子合わせて
障子ががたがた言っている

朝になって
あんたが調べにくる
何でも知ってるような顔して
あれこれ聞き出そうとする
障子ががたがた言いだす
まくらのくらさのくらくら
まくらのくらさのくらくら
なんで知ってんの
わたしさえ分らないことを
まくらのくらさのくらくら
まくらのくらさのくらくら

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天神さまの日



詩が発生しているのだが、書き出すのが怖い。
書き出すとせっかくのいいものがこわれ
てしまいそうな気がする。
だれが産んだのかわからないこどもをおぶって歩いている。
まだ首も座っていない生れたてなので思ったより重い。
あの書き出せない詩のことを思いながら歩いている。
背中のこどもが大きくなっている気がする。
書き出せば、あんがいすいすいまとまるのかもしれない。
けっこういいものだと思う。
のどかわいたよ、と背中のこどもが言う。
詩のことばかり考えているので、そんなはず
ないとも思いつかず哺乳びんをうしろへ渡すと、
ちゅうちゅう吸っている音がする。
思い切って書き出してみよう。えんぴつをさがす。
背中がだんだん重くなる。
どこまでいくのう?
もうくたびれちゃったよう
足をひきずってんだもの、いたいようと、こどもがわめく。
たしかになにかを引きずっているいる音がする。
もうそなに大きくなったんならおりて歩け、と言うと、
だってくつはいてないもの歩けないよう、
じぶんはげたはいてるくせに、
げたでもいいから買ってよう、と言う。
こんな山の中の一本道で、
店屋どころか家いっけん見あたらない。
いくら歩いても同じような風景の中を、
こどもは大声でわめきわめきあばれるので、
よろよろよろけながら歩いている。
と、見ると、むこうからいとこが来て、
なんでそんなに背中まげてるんだと聞く。
こどもをおぶってきたのだが、
途中でだんだん大きくなって、
ほら、見てよ、と言っても、
わけのわからないことぼそぼそ言ってないで、
さあ、いいから早く行こう、
今日は天神さまの日だから
おまえが来るはずだと思って
待っていたけど、
なかなか来ないからむかえに出てみたのだ、
よかったよかった、早くうちへ行こう、
せっかくのごちそうがさめてしまう
よ、と言い言い、いとこは先立って歩いていく。
いとこに見られたと思って、
詩もこどももどこかへかくれたのか、消え失せている。
今日は天神さまの日なので、
わたしは、天神さまの近くのいとこの家へ
よばれてきただけなのだ。

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夜冴える



木槌で自分を壊している
壊しながらあれこれいろいろ思ってしまうので
手元が狂ってばかりいる
手伝ってよ、と、となりにいる人に言う
(だってあなたのことなにも知らないから
どう壊せばいいのかわからないけど‥‥
と言いながら不器用に壊し始める)
痛い! もういいよ
(ほら、だから初めからたのまなければいいのに)

ひとりでこつこつ壊している
あっ、こんなところにこんな傷
ほら、見てよこの傷
(知らないってば
あなたにいま初めて会ったばかりだもの)
その傷にさわらないように気をつけ気をつけ
壊している

いくらやっても
わたしは
だんだんゆがんでいくだけで
その傷が
だんだん執念くなるだけで

夜っぴて
木槌の音が
響くだけ

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視察団



小学校の長い廊下の窓が障子張りになっていて
茶色くなった障子紙がずいぶん剥がれて
かさかさ鳴っている
そこに林さんとわたしが
残されでもしたようにいるところを
黒っぽい視察団が無言で通った
障子を張り替えておけばよかったね
そう言って二人で張り替え始めて
やっと一枚目が終ったとき
小使さんが通って
今更そんなことしたって無駄なのにと言って
怒られた
障子は
一枚だけまっ白に目立って
あとはそのまま
かさかさ悲し気に鳴っている

今夜は校庭いっぱいにむしろを敷いて
映画会があるのだ
林さんとわたしで張り替えたあの障子が
スクリーンとして持ち出されている
林さんとわたしはなんだか面映ゆくて
顔を見合わせて照れ笑いをした

いつになっても映画は始まらないで
だんだん夜は更けていく
みんながわいわいさわがしくなっているとき
わあぁっ、と竜巻が起きて
あの障子が持って行かれた

だれもいなくなったあとに
また
林さんとわたしだけ残されて
それから
あの視察団が無言で通った

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「残暑」 2008.8.13.
「異」  2008.8.13.
「せんたく」  2008.8.24.
「同志」   2008.8.23.
「狂」……2008.9.17.
「角の生えて」  2008.10.21 夜中
「わたしの番」   2008.9.11 初稿、10.21 改稿
「門」  2009.2.13
「いも」2009.3.11.
 「花もようのズックのかばん」2009.3.9.
 「雪だるま」2009.3.9.
「まっくら闇の中で」2009.5.12.
「はみ出してしまうものと肥大する空白と」2009.5.2.
「橋」  2009.5.26
「かかし」  2009.6.15
「遊び」  2009.9.17
「今日も」  2010.2.25
「まつり」2010.5.27.
 「見舞客」2010.5.12.
 「障子ががたがた言っている」2009.9.8.
「天神さまの日」2010.10 初め頃.
 「夜冴える」2010.11.5.
「視察団」2010.11.19.

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