初期詩篇(3)

 



あたらしい誕生

1 誕 生










詩をつくるのは



ほんとうのこというと
あたしの詩はあたしがつくるんじゃなくて
あたしのなかに天使がいてその天使がつくるのです
あたしがけっこんなんかしちゃったもんだから
その天使はこの頃ひねくれています
まえみたいに草花を折らなくなったのはいいけど
どうとくてきにわるいからだなんていったり
雨の日なんか
せんたくものほせないでこまるだろなんていったり
あたしがひとりだったころのようになかよくしようとはなしかけても
あのシャツのボタンとれてたんじゃない とか
こんばんのおかずのこと考えなくていいの
なんていじわるく
あたしによけいなことおもいださせちゃうのです
この天使はあたしに似ていて
とてもどくせんよくがつよくてわがままなのです
あたしがおばあさんにあまやかされたように
あたしもこの天使をあまやかしたのかもしれません

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青虫



夏のはじめのきりの木の下の菜の葉の上で
あたしたちはやさしくあそんでいました
はちがとんできてあたしだけをつかみました
あなたはそのときただ空をみていました

はちの巣に入れられて
まいにちまいにちはちからえさをもらって
はちになれはちになれとそだてられました
いつも自由だったあたし
巣なんてしらなかったあたし
はじめはめずらしくきゅうくついなんておもいませんでした
だんだんからだが大きくなっていって
きゅうくついなあとおもって
ちょっと顔をだすと
たくさんの穴の中から
あたしとおなじようにみんな顔をだしていました
はちにきいたら
白いのははじめからはちの子で
青いのはあたしのようにさらわれて
きた虫だといいました

いくにちかたって
なんだかからだがもづもづうすがゆくなって
気がつくとやわらかい羽がはえはじめていました
そうしてあたしははちになりました

巣からとびたって
じぶんでえさをさがしにでかけました
あたしはまっさきにあのときさらわれた場所にいってみました
菜はありませんでした
あなたももしかしたらあとからさらわれてしまったのでしょうか
空だけがあのときとおなじにあおくすんでいました

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別離



わたしをよんでいるのをかんじるけど
その声はここまでとどかない
もうそんなに遠くなってしまったのだろうか
わたしは美しいゆうやけをみるように
それをうけとめよう

水たまりみたいに小さな小川
はじめてのであいのとき
あなたはただの板きれにすぎなかった
わたしはちっちゃな草にすぎなかった
わたしが生えているところを境にあくたがたくさんたまっていて
あなたはそれより先へ流れてゆくことが出来なかった
まいにちまいにちみつめあっているうちに
わたしたちはことばを交すようになった

あなたは
ゆめをあつめにゆくんだといった
川をこえて
河にでて
海のはてまで
それからきみはゆうやけをしっているかといった
私はゆうやけにふれたことがある
でもそれは水にうつったゆうやけなのだ
私はこれからほんとうのゆうやけにふれるために
海のはての水平線までゆきたいのだ
でもこんなにいっぱいあくたがたまっていて流れられない
いまの私はこれをおしのける力さえないのだなあ
とかなしそうにいった

ある日
だれかがきてあくたをのけて行った
小川はまた流れはじめた
あなたも流れていった

わたしはいま
とおくでよぶあなたの声をかんじている
でもそれはわたしの空想にすぎないのだ

あなたは だんだんふえてゆくゆめを
つぎつぎに自分の上にのせながら
もう海の方まで流れていったかもしれない

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やっぱり…



すこしひもじいのです
どこからきたの?
あっちから
なにしにきたの?
……
そんなにふるえていてなにをみてきたの?
こわいゆめ
あゝもうそれ以上はきかないで
ほんとうはあたしこわいゆめなんかいちどもみたことがないの
あたたかすぎるやさしさの中からぬけだしてきたつもりなのに
あなたの声も仕草もこんなにやさしい

あのね
あたしにあかちゃんが生まれるの
母親になるの?
ははおや?
あのかなしみのかたまりみたいだった あたしのかあさんのように?
あたしは もっとひろい風の中にゆくつもりだったのに
もういちどぬけだしたいけど
こんどはどっちの方へ向って行ったらいいのかわからないし
それにすこしあるきすぎたのかしらつかれているしおなかがすいているので

やっぱりあなたの持っているパンをもらわなければならないの

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あたらしい風



あれはきのうの風です
まだ汚れてないしゃぼん水をこぼして
ふるいしょうぞう画をはがして

きょう あたらしい風が吹いています
はだかの木々に
ひとつひとつちっちゃな芽をつけながら

とってもあかるいわたしの死体です
花もようのハンカチに包んで
かぜのなかにすてましょう

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なんでもなかったことの詩



あたしには乳房なんかないんだとおもいこんでいた
だから
とっても
じゆうで
こどくで
いちばんにあわないまっかなセーターなどいちばん大好きだった

ピンク色のちっちゃな乳房に
ふとなにかの触覚をきいて
瞳をやると
まだ肌寒い早春の光がさしていた
そして気がつくとあたしはガラス窓でさえぎられていた
そこからぬけだすことはもう出来なかったけど
外のけしきをながめることはできたから
あたしの内は自由にきのうまでの世界にあそぶことができた
そんなとき
乳房のいたみなんか忘れているとき
庭のかしの木はやさしい風をおくってきた
するとあたしはあたらしいあたしにかえった
ピンク色のちっちゃな乳房が大きく黒ずんで
そして
あたしは母親になった

ちゅっちゅっちゅっちゅっ
おっぱいを吸うあかんぼうをみていると
とってもふしぎで
かんがえても
かんがえても
このあかんぼうとあたしのかんけいは?

なァんだ やっぱりなんでもなかったんじゃないか
庭のかしの木はさもおかしそうにからだをゆすぶった
すると春がいっぺんにおしよせてきて
あかんぼうのためにしめておいた窓に光がまぶしすぎるほどあたった
その窓をひらくと
すぎた日のこどくなあたしの姿が
一枚の絵のように
空のなかにあった

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あたらしい誕生





1 誕 生
まあるくふくらんだおなかをさすりながら
あたしは
すこし重くて
なんだか恐ろしくて
とまどっていた

もくんもくんうごくおなかに手をあてて
あいつは
未来のあたたかいゆめをみながら
おかあさんになるんだねといいながら
あたしをかばってくれた

生まれた
生まれた

こんなすばらしい おくりもの
かみさまなんかじゃない
あいつがおくってくれたんだ

女らしいにおいのしないあたしを
詩なんかばっかり書きたがっているあたしを
不安がりながら
いっしょうけんめいやさしくしてくれたあいつ

こんなすばらしいものがあたしのものだなんて
この子が大きくなって
あたしを困らせるんだなんて
恋をしてあたしのことなんか忘れちゃうかもしれないなんて

もうあいつなんていうのはよそう
この子のおとうさんだもの
そしてあたしはおかあさんなんだもの

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2 三 樹

おまえは
三月の樹なのです

これからあたらしい芽をつけて
未来へむかってすくすくのびてゆく

そんなねがいをこめた
なまえなのです

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3 ちかい

あなたの天使
あたしの天使
ふたりのむすめ

それはひとりの人間
あたしたちは忠実なナイト
そのことをわすれないで
いつでも
どんなときでも

むすめがふたりのまえから飛びたつ日まで

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愛は



愛は
肩口にとまっていて
常にねむっていて

その重みを知るのは
別れてから

それからも
その感触は

ハッカのおかしよりも
レモンよりも

かなしみは

いつまでも

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ふるさとよりとおいところで
わたしの夏がある

あおいすすきのようで
ぎごちなく

ほたる草のようで
ゆめをみながら

せみのぬけがらのようで
ひっそりと

つるばらのとげにきずついて
素足がある

白い花をむしって
左手がある

あさつゆにかくれて
むねがある

ふるさとよりとおいところで
わたしの夏は
いまも
無言歌をうたっている

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にもつ



すこし買物しすぎたのです
両手にぶらさげて
重すぎます

りんごがころがりおちたけど
ハンカチをなくしたけど
ひろうことができません

こんどから
よくばらないことにしようとおもいながら

またかいものかごをふたつもって
でかけるのです

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あかんぼう



まだことばにならないことばではなしかける
おまえは
わたしがいままでつくったどんな詩よりすばらしくって

手がどんなにあれても
おまえのにおいしかしなくなってしまっても

わたしだけのときは
いちにちいちにち
消えてゆく日々だったのに

おまえといっしょだと
いちにちいちにち
ふえてゆく日々で

おまえが
このいちにちに気づくまで

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マッチをすった
火はついたが
うつす術をしらなかったので
そのまま消えた
一本のマッチのはかなさ

そのとき
そばにあった一枚の紙
だったあなた
いつまでもまっしろなままよごれていない
あなたに
やさしい言葉をつづるのはだれだろう
マッチをすって火をうつすのはだれだろう
マッチをする術さえなくしたあたしの手は

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わたしが流したのは



流れていった
あのささぶね

ながれて
ながれて
大きな舟になったろう

だれかがのって
ろをこいでいるだろう

なにをつんで
どこへゆくのか

そんなことは
………………
わたしのながしたのは
ささぶね<

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秋に



かえってこない
秋に
はなびらをちらそう
ふるい日記のなかで
色あせてしまったけど
あの日のにおいがする
いってしまった
秋に
雨のなかへかけていこう
こんなにぬれて
あの日のように
あなたの言葉のように

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美しさについて



おもえば
あなたのことばは千代紙の美しさに似ていたのだ

少女のあの日
千代紙の箱の中にたいせつにたゝんで
おばあさんのふるいながもちのなかにしまっておいた
ある日 そのながもちがなくなっているのに気がついた
たずねると
もういらなくなったから
じゃまだからすてたのだといった
おそらくごみくずといっしょにすてられたか
もされたかしたのだろう
もうそろそろ千代紙あそびにあきていたあたしだったのに
千代紙の美しさは
あたしのなかで実物以上にうつくしく映えた
もう手をふれることが出来なくなってしまったゆえに
あれから
おとなになったいまでも
そのまま色あせないで美しい

あなたのことばも
また

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別れ



まあるっこい手で
ともだちのせなかをぽんとたたいた
さよなら と

かなしみを知りはじめた
少女の日の
さよなら と

ていしゃばまでおくってくれた
父との
さよなら と

あなたへの手紙の
さいごに綴った
さよなら と

ひとつにして
手にもった重みは

死の重みと
おんなじかもしれないな

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りんご



りんごは皮に栄養があるんだときいた
だからりんごを皮ごとかじった
あたしのくちびるがあかいのは
りんごを皮ごと食べるからだとおもっていたのに
りんごなんてつまらない
そんならアイスクリームの方がましだときいた
アイスクリームは半分以上空気だときいたことがあるので
アイスクリームを食べるならしんこきゅうをした方がいいとおもった
朝早くおきてしんこきゅうすると
ひんやりした秋が歯にさわった
するとおなかがすいてきて
りんごをたべたくなった
りんごをかじりながら
あたしはりんごがすきだから食べるのだとおもった
ただそれでいいとおもった

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きりかぶにこしをおろして



あのころ
うらの雑木林でちかいました
おまえはわたしのこいびと

   あれからいくとせ
あの杉の木は切られてありました

わたしもけっこんして
こどもが生まれました

そのきりかぶにこしをおろして
あのころをおもいました
それはおし花に似ていて
たゞかなしみだけがのこっていました

こどもをそだてることも
樹木をそだてることも
たゞ 愛情とにんたいと自分を空にすることだと
どこかでよみました
それが私のなかでくりかえしくりかえし呼んでいます

自然がたゞなんにも求めないでそだててきた
あの杉の木を切りたおしたきこりも
たゞのこぎりをひくことだけで自分をいっぱいにして
どっさり きりたおしたときの
彼の汗の笑顔は
自然の偉大さに似ています

こどものなきごえがきこえます
あれはわたしをよんでいるのです
わたしも彼女だけをこのなかにふかくつつむのです

未来の あるとき
彼女にちかうのはだれでしょう
彼女をきりたおすきこりはどんなひとでしょう

そのころは すでに
きりかぶになっているわたしにこしかけて
吾子よ
あなたはなにをかんがえるのでしょう

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「詩をつくるのは」 …… 1963.1 『ある』25号
「青虫」 …… 1963.1 『ある』25号
「別離」 …… 1963.1 『ある』25号
「やっぱり……」 …… 1963.4 『ある』28号
「あたらしい風」 …… 1963.5 『ある』29号
「なんでもなかったことの詩」 …… 1963.5 『ある』29号
「あたらしい誕生」 …… 1963.6 『ある』30号
「愛は」「夏」「にもつ」「あかんぼう」
「手」「わたしが流したのは」…… 1963.7 『ある』31号(木村信子集)
「秋に」 …… 1963.9 『ある』33号
「美しさについて」 …… 1963.9 『ある』33号
「別れ」 …… 1963.10 『ある』34号
「りんご」 …… 1963.11 『ある』35号
「きりかぶにこしをおろして」 …… 1964.3 『ある』36号


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