初期詩篇(2)

  

  

 

こけし人形

 

 

みみこ やん彦

 





こけし人形




行方



かなしみはふたりのにもつ
あたしたちどこまであるいてゆくの
どこって
おまえはあたしの先をあるいているんだもの
知っているのかとおもった
みちはどこまであるんだろう

かなしみはふたりのにもつ
おもたいね
うん このかなしみをすてにゆくんだ
どこまでもどこまでもあるいてゆくと
どこかにみづうみがあるのかしら
そんな気がするけど

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ゆきってあったかいんだね
えっ?
ゆうべ雪のゆめをみた
雪がどんどんどん降って
そのなかにあたしが包まってしまった
なんにもきこえなかった
なんにも見えなかった
なのに やっぱり雪に包まっているおまえの姿だけは
いつもよりはっきり見えた
おまえも
やっぱりあたしのことしか見えなかったようだったよ

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春のあしおと



みるまえの瞳
きくまえの耳
言葉になるまえの言葉
こころは つもったばかりの雪に似ている
とおくからきこえるあしおと
やがて気づくだろう
やがてうたがうだろう

あれはなんのおと?
春のあしおとだよ
はるってなァに?
雪をとかしてしまうんだって
おそろしいものなの?
いろんなものが生まれるんだって
あたしたちは?
だまって もっとよりそって
安心しておやすみよ
春って 泣いたあとに似ているんだよ、きっと
そんな気がする

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ひとつでははんぶんなんだもの

ふたつでひとつなんだもの

おれのなかでねむっているおまえのなかでうたっているおれ
 ふたりのねがいなんだもの
ひとつのねがいなんだもの
あたしのなかで祈っているおまえのなかで祈っているあたし

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傷つくとき



かなしみの数だけ薪をひろっておいで
それでおまえのかなしみを焼いてしまうために
と母がいった

 薪をひろうたび
わたしの手足は傷つき
かなしみは数を増していった

 ひろうたび
ひろうたび
薪の数はかなしみのあとをついてゆくだけ

 それでもこれは母の言いつけ
うらぎりつづけてきたわたしだけれど
母の言いつけまでうらぎったら
根本からくさってしまうだろう

 生命について なんにも信じていないのだけれど
生命を愛しているらしくって
やっぱり生きていたいので
母の言いつけどおり薪をひろおう

 ひろうたび
ひろうたび
薪の重さだけが身にしみて
いたみの感覚がにぶっていく
それでもいつか
母の言いつけどおり薪をひろいおわって
家に帰れる日のことをおもって
薪をひろうたび
かなしみはふえ
またその分薪をひろう

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恋の唄



花をつむ
かのひとのために
うすむらさきの花
もゆるあかい花
こころをこめてたばねて
かのひとをたずねると
羽のとれたとんぼをくれたときのしたしさでしかむかえてくれないので
もっていった花たばをうしろにかくしたままで帰ってきて
自分の庭にそっとさした

 そしていくつもの花たばが少女の庭をかざり
もう花たばをさす余地のなくなった庭で
さしきれない花のために
自ら土になった少女

少女の庭のそばを通りかかって
少年は
ふとその上をとんでいる白いちょうをみて
夏を知った。

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海のこどく



彼がわたしのなかに船を走らせると
わたしのなかはしろい波しぶきがたつ
彼にとって
そのときの海の色なんかどうでもいい
海底にどんな魚がおよいでいるだろうなんて
かんがえてみたこともない
彼にはただむこうぎしがあるだけ
港につくと
さっさと陸にあがって行って
あやしげな酒場で
おれは海をせいふくしてきたんだといいふらして
じぶんでもほんとうにそう信じている
そのころ
わたしにとって彼は見知らぬ陸の他人で
わたしはあいかわらずたいくつな波を
むこうからこっちへこっちからむこうへ
かよわせているだけ

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ノミを持った手



あいつはあたしのにおいをかいで
おれのにおいがしてきたという

 あいつはじぶんのノミで
あたしをほうぼうけずって
じぶんのおもうように彫りかえようとしている
あたしは痛くてもがまんしなければいけないのだとおもいながら
目をつぶると
気に入らなかったけど
もとのままのじぶんのほうがよくて
コツンコツン
ノミのおとをかぞえながら
ぼろぼろ泣きだしちゃう
こどもみたいに泣きむしなやつだと
あいつはとまどったようにノミを打つ手をやすめる
あたしは目をあけて
けづられた部分をさがしても
たしかになくなったものがあるとおもうだけで
それがなんだかわからない
コツンコツン
きょうもノミのおとをかぞえながら
だんだん感じなくなっていくいたみ

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相違



こどもって
ころんですりむいても
だれもいなければ泣かないのに
だれかがくると
わすれたころに泣いてみる
おとなって
かなしいことがあっても
だれかがいると泣かないのに
ひとりっきりになるとこっそり泣く

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ブランコ



こぐと
大きな山が見えた
そのむこうに海が見えた
海には遠い国のしんきろうが映っていた
こいで
山を越えると
海を越えると
しんきろうに映った国が
もっとみすぼらしい姿で あった
そこにはやはり
うそつきもいて
かねもちもいて
なァんだやっぱりわたしの国と似ているなァ
こぐと
小さな山が見えた
小川が見えた
小川に住んでいる魚が見えた
小川で魚とあそびたかったけれど
わたしはブランコからおりるのがこわくて
ブランコをこいでいた
ブランコをこいでいた

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このにおいを



まァ あなたは
ほんきなのでしょうか
じょうだんなのでしょうか
そのとき わたしはとまどうばかりでした
わたしのことをすばらしいにおいがしますねだなんて
でももしかしたらほんきなのかもしれませんわ

わたし、だってあの日
ひとりで森の中を歩いていたら
いいにおいがしてきたのです
なんのにおいだろうとおもってその方にちかづいてゆくと
白い花が咲いていました
わたしは一本折りました
得意になって胸にかざってかえりました
わたしのにおいをかいでごらん
うちじゅうのものにいったのです
けれどだれもなんのにおいもしないというのです
その晩 わたしは高い熱を出して苦しみました
病気はおもったほどのこともなくなおりましたが
それからみんながわたしを臭いといってきらうようになったのです
それはあの花のにおいなのです
花はだれかにすてられてしまったらしいのです

あなたにはじめて
すばらしいにおいといわれて
わたしはどうしていいかわからないほどでした
ようやくわかっていただける方にめぐりあえたとおもったのです
なのにあなたはそういって下さっただけで
どんどん行っておしまいになりました
もうひとこと
なんのにおいですかときいてほしかったのに

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初秋



秋は
たらいの中の白さが光る
水にうつっただれかのかげが光る
おさない日のおもいが光る

ゆびきりしたままのあの子が
あわてて走ってきそうな
むぎわらぼうしをとばしたあの風が
そのぼうしを持ってきてくれそうな

こっそり待ちわびながら

日がくれて
やわらかい灯の下で
わすれていた書物をひらくと

古いおし花から

遠い夏の日
花を折った瞬間のいたみが
よみがえってきた

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悪と善



しろいかげとくろいかげと
どっちがいい方なんてきくんだもの
しろいかげもくろいかげもほんとはひとつで
かみさまがむこうがわへいくとしろいかげになって
かみさまがこっちがわへくるとくろいかげになるだけなのに

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みみこ やん彦




かげふみ



かげふみ
月の明るい 風の強い晩だった
かげふみをしていたふたり
やん彦がみみこのかげをふんだ

─もうやめよう おれおもしろいことおしえてあげる
やん彦はみみこにむかってぶつぶつなにかとなえはじめた
みみこのなかには
やがてつよい風が吹いてきて
やん彦のくろいかげが映った
─こわい!
─だいじょうぶだよ ほら ほら
やがてみみこのなかには月の光がさしてきて
くろいかげはほんとうのやん彦になって
にこにこわらっていた
─なぁんだいつものやん彦じゃないか
けれどもそとではやん彦のおかしなじゅもんが
まだきこえていた

みみこはいつのまにかねむってしまったんだろう
気がつくと
やん彦が心配そうな顔していた
─おれ おまえのかげふんだだけなのに
きゅうにたおれちゃうんだもん
びっくりしちゃった

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みみこ



チャンバラがだいすきだったやん彦
うでを折ってしまったやん彦
チャンバラなんかみむきもしなかったあたしなのに
わざとやん彦にきりつけてみた
やん彦はまるでおとなのようにほほえんで
あとでねといった

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やん彦



みみこはどこへ行っちまったんだろう
いつもの場所には
はなおのきれたあかいげたがすててあって
こわれた人形がのこっていて

鏡の中に
長い黒髪だけが映っていた

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終曲



─なぜだまっちゃったの
─……………
─ずいぶんあかるいね
─もうすぐ夏になるんだよ
─それだけなの
─それだけさ

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ゆめどろぼう



毎晩わたしのゆめを盗みに来る鳥がいた
彼のくちばしはわたしのへやのかぎと同じらしいのだ
うらぎって行ったひとも
死んだ母も
わたしをひねくらしたおばまでが
そしてわたしもすなおだった
だからやさしさとすなおさにうえているわたしは
がつがつしすぎて
ゆめどろぼうのことなど忘れてしまうのだ
朝おきると またゆめのつぼはもぬけのから
わたしはあいかわらずひとりぼっちで
ピッピッピッピッちょうしっぱずれの口笛を吹きながら
ちんぴらどもを集めて
ゆめを盗むこつはねえなんてうそぶいているのだ

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ある夜のさんぽ



あたしはとてもコーヒーがのみたかった
コーヒー店のまえでたちどまると
相手は、夜のコーヒー店なんてさわがしいだけでつまらないといって
どんどん歩いていってしまった
しかたがないのでいっしょに歩きながら
あたしはどうしてこのひとといっしょなんだろう
あたしはひとりがすきなのに
コーヒーがのみたいから街へきたはずなのに
もし、いまひとりだったら
なんのためらいもなくあのドアをおしただろう
なかはおしゃべりやささやきや音楽でいっぱいでも
あたしはしずかなこどくとじゆうでみちたりて
コーヒーのかおりがからだじゅうをぬらして
とおもった
相手は
はなやで花を買った
はなやの花なんてあたしはふりむいたこともなかった
あたしの知っている花は
野原やみちばたやどこかの家の庭にいっぱい咲いていたから
きれいにたばねた花をうけとると
あたしははじめての匂いのなかでむせた
くだものやでりんごを買った
あたしはおなかがすいていたので
ひとつかじりたいといったら
うちへ帰ってから洗って食べるのだというので
がまんした
そしてりんごをかじりながらひとりで街をあてどなく歩いた夜のこと
などおもった
うすぐらい住宅街にきたとき、相手は
袋からりんごをだしてハンカチでふきながら
すこしおなかがすいたねといってそれをかじった
あたしははじめて相手の顔をみて
いっしょに歩いている意味がぼんやりわかりかけたような気 がして
おもわずほほえんだ
そして、あたしもといってかじりかけのりんごをうけとった

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秋きいろくなったふるい手紙
しろいすすきの穂
旅立ったままのひとの面
そんなものが集って秋をつくる
海辺で夏を焼く

 と
  女
   の
ほほが青くすきとおって
その中へあわてんぼうのゆめがおちこんで死んだ
みんながどこかへ帰ってゆく
秋はうしろ姿だけが美しい

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ある人形のものがたり



秋 彼はおよそ人形作りなどには不向なぶきっちょな男でした。
どうして人形作りになどなったのか、彼にもよくわからなかった、
政治家になったら、成功していたかもしれない。
学者になっていたら、博士になっていたかもしれない。
けれど、彼は一生人形作りで終ってしまった。
仲間のだれからも軽蔑されながら。
これは、その人形作りが作った人形のものがたりです。

彼女は、左と右がびっこのでくの棒でした。お店の主人が彼女を
はじめてみたとき、こんな不出来なものはいらないというのを、
おろしにきたひとが、かんじょうはあとでいいからとむりにおいて行ったものです。

彼女は店のすみの方におかれて、そうじの時など、
さもにくにくしげにはたきでたたかれるのでした。
─まったくこんな人形じゃまでしようがないわねえ。
─そうよ。たいがいの気まぐれやさんは買わないわね。
─じゃまでしようがないから返品しちゃいましょうよ。
などといわれるのです。
そんな彼女が恋をしました。相手は、ときどきお店に来る男の子です。
お店に来るたび、彼は両親に色んなものを買ってもらいました。
彼が買って行くものは、ふつうの男の子と同じように、自動車とか
ピストルとかで、人形になど目もくれませんでした。だから彼女の
存在になど気がつくはずがありません。

彼女は、その子がくるたび胸をとどろかせていました。「ママ、
ぼくこれがほしい」 彼女は、その子の夢をそっと盗んで、胸の中
へかくしておきました。いつか、その言葉が自分にむけられる時が
あるかも知れない、なんてかってなゆめをみながら。
男の子が、人形などに見むきもしないのが、かえって彼女には倖
せだったのです。その子がもし人形が好きで、美しい人形を次々に
買って行って、彼女だけとりのこされたら、どんなにみじめだったか知れません。
或る夜、彼女はゆめをみました。
それはあの男の子のへやでした。彼女の見おぼえのある汽かん車や
てっぽうがいっぱいありました。彼女は男の子とはなしていました。
─あたしいつの間にここへ来たのかしら?
─知らないのかい? ゆうべママとぼくで君を買ってきたのさ。
─どうしてあたしみたいな変てこなの買って来たの。ほかに美しい
人形がたくさんあったのに。
─どうしてって? ぼくわかんないや。だって君を買ったのはママ
なんだもの。
─やっぱり…
─えっ? なにかいった?
─ううん、あのね、あたしぼっちゃんがずっと前から好きだったの。
だからあたしぼっちゃんに買われたと思ってうれしかったの。
みんなはほかの人形の前で、きれいねとかすてきねなんていうの。
でもあたしのことなど目にとめてくれるひとひとりもいないわ。
はじめはかなしかったけど、
だんだんなれていくうちに、なんとも感じなくなったわ。
あたしを作ったひとって、ぶきっちょな職人なの。
彼はあたしを美しい人形につくるつもりだったのよ。
だけど彼には出来なかったの。
あたしは、彼をにくむ前に同情しているわ。 一生懸命、一生懸命美しく作ろうと思って努力したんだけど、
とうとうこんな不さいくなものになっちゃったんですもの。
あたしってうぬぼれやね。
ここにこうしているのが、
ぼっちゃんのお気にめしたからだなんておもおうとしていたんだもの。
男の子が人形をだこうとした時、あやまっておとしてしまいました。
そして、人形はばらばらにこわれてしまったのです。
(ほんとうは、人形は、お店のいつものところにあって、じしんでおちたのです)
─あっ、このできそこないこわれちゃったわ。

その頃、ぶきっちょな人形作りは、死にかけていました。
美しい美しい人形を作って、
その人形をかたくかたくだきしめているゆめをみながら。

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「こけし人形」「傷つくとき」 …… 1962.5 『ある』17号
「恋の唄」 …… 1962.6 『ある』18号
「海のこどく」 …… 1962.7 『ある』19号
「ノミを持った手」「相違」「ブランコ」 …… 1962.8 『ある』20号
「このにおいを」 …… 1962.9 『ある』21号
「初秋」 …… 1962.10 『ある』22号
「悪と善」「みみこ やん彦」 …… 1962.11 『ある』23号
「ある夜のさんぽ」 …… 1962.12 『ある』24号
「ゆめどろぼう」「秋」「ある人形のものがたり」 …… 1960.11
『ある 13 こぴい』所載
「ある」グループでは、当初、生原稿を綴じて回覧。やがて一部を印刷化し、
1959年8月に「ある 1 こぴい」が刊行され、60年11月の「ある 13 こぴい」に
木村信子が参加。12月「ある 14 こぴい」。翌61年1月「ある」が創刊された。

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