初期詩篇(1)

 








ふたり



わたしって とおめいな風船玉みたい ほんわかしていて
あなたが春のやさしさで 夏のはげしさで つつんでくれるときも
わたしはあなたをつきぬけて ぼんやり 季節も時間もない
はらっぱにねころんでいる あなたのなかへとけこもうとして
みんな熱でとかしても わたしは あなたのなかから
ビールのにおいをかぎ ギョウザのにおいをひろいだしてしまう
あなたにとって わたしはキャベツみたいに青くさい
マシュマロみたいにやわらかい 棒切れみたいにつまんない
わたしにとって あなたは宇宙みたいに神秘
北風のむごさで 雨のつめたさで
夜のくらさで まひるのまぶしさで だいてくれる
ふたりにとってふたりはへびのようにからみあいながら
とけ合えないことをもてあましているのだ

________________________________________




気まぐれ



こうしていることが無意味に思えるときがあるのです
こうしているだけですばらしすぎるときがあるのです
まっかなこおとを着て街へ出てみたら
どこかのあわてんぼうさんが
ラブレターを口にほおりこんで行きました
狂っていないことがもどかしくなるときがあるのです
狂っているんぢゃないかと不安になるときがあるのです
女であることをたしかめるために
裸になって 鏡のへやを歩いてみるのです

________________________________________




ハニワ



あかいドレスを着たらピエロのようにおかしかった
口紅をぬったら べにがしを食べたあとのように貧しかった
恋をしたら 相手が嘲うので へんだと思ったら
乳房がめりこんでいた

________________________________________




花と私



ばらの花を盗もうとして 指にとげをさしてしまった
血がふきこぼれた 吸っても 吸っても
血はまた傷のところへ帰ってきてふきこぼれてしまう
その血が 白い花びらをぬらしても
花びらはそれをはじいてしまって染らない。
美しいひとが通ると ばらの花とほほえみあって通りすぎる
そのひとは 花を盗もうとしない とげがこわいのだろうか
しおれてしまうのが心配なのだろうか。
わたしはやっぱり盗む傷から血がみんなこぼれでてしまっても。
傷口からふきこぼれなくても
わたしのなかでいつかは色あせてしまう血ならば。
わたしが盗まなくても だあれも手折らなくても
いつかは枯れてしまう花ならば。

________________________________________




じごくにて



死んだばかりはものめずらしくてすばらしかった
生まれる前にここへ送りこまれて来た未完成な赤ん坊をさかなに
いっぱい満ちあふれている血の池の血をのむのだ
はじめはウィスキーグラスぐらいのコップ一ぱいでよかった
だんだんなれてくるにつれ 量がふえ どんぶりでのむようになった
のんでものんでもおなかばかりふくれて
ちょっともよわなくなっちゃった
もっとつよいものはないかといったら
これは殺人犯からしぼりとった血だといってのませてくれた
それにもよわなくなったので
しかたなく 自分の心臓をぬきとって食った
それも食いつくしてしまい
ふくらまりすぎた風船のような自分をかかえて
又自分を殺すことを考えている。

________________________________________






七色の橋を渡って行ったら もうひとりのわたしが
わたしが来た方の岸をあこがれていた



________________________________________






えさのなかにはりがかくされていることなど
はじめから知っていました
もう水の中の自由にあきたのです
あなたのお皿の上で骨のオブジェをみてもらいたいのです

________________________________________




もえてる手



コーヒー店のすみで
あなたのことでいっぱいのひとみをおきざりにして
とおいおもかげを追っているこころ
だんだんかたちのかわってゆく手をそっとかくして
もう片方の手で たばこをくゆらしている
かくされている手のなかでもえているほのお

________________________________________




どんぺいものがたり



・つみき

どんぺいに出来るあそびはつみ木だけ
こまはちっともまわらない
たこはぐるぐるまわっておちてしまう
なんにも出来ないどんぺい   つみ木だけをいじくっていた
毎日おんなじつみ木では    おんなじものしかつみ上らない
どんぺいは つみ木を小さく切ってみた
四角は三角に 三角は二つの三角に   それをつみあげると
やっぱりおんなじものしか出来ない
二つの三角は一つの三角に 三角は四角に なんにも出来ないどんぺい
つみ木さえ出来なくなったどんぺい

________________________________________
・小 川

村の小川の底にへこんだところがあった
それを知っているのはどんぺいだけ
水はにごってたいらに流れているから
だあれも気づかない

どんぺいはそこをうずめようと 石ころをはこんだ
やがてたいらになっても どんどんはこんだ
今までの仕返しに ほかより高くしようとおもった
やがてそこだけ水がもり上って流れるとおもった
どんどんどんどんつみ上げて
石ころが水の上までつみ上ったのに

 水はそこだけよけて
やっぱりたいらに流れていった

________________________________________
・入学

はじめて学校へ行った日 めずらしい話がいっぱいあった
どんぺいは帰りみちみちそれをおばあさんのために大切に持ってきた
家へつくと おばあさんはまるで長い旅から帰ったものをむかえるよう
にどんぺいをだきしめて しまっておいたおやつをだしてくれた
どんぺいはめずらしい話なんかほおりだして
ただ大声で泣き出した それがおばあさんへ持ってきたはなしのように

________________________________________




わかれみち



どっちへまがる 追いかけてきたちょうが
ここで死んでおちているんだけど
わたしのまえに みちがふたつにわかれてつづいている

________________________________________






旅に出てかえるみちを忘れてしまったとき
わたしはよろこびでいっぱいになる
名もしらない花をむちゅうになってつんで
手がはれあがってしまって
それが毒をもっていたことに気がついても
傷のいたみにじっとたえながら
そのよろこびだけを日記に書く 毒が消えて
からっぽになった傷口が    ふとかえるみちをおもいだして
また  自分の林のなかで   持病をさすりながら横たわっている

________________________________________




こども



あそびからかえってくると   手や足に傷を負っていた
とんぼ追いに木の実とりにむちゅうになっていて
いつどこで負ったのか記憶がないのに
足には小さなとげがささっていたり
手にはえんぴつで書いたような傷があったり
その傷を発見してから    痛みに気づいて泣きだすのだ
ゆめのなかで   羽をとったとんぼにまどわされた
小さなとげにとおせんぼされた
すすきの葉の傷が   小川になり
そこに ぼたんを落して泣いた

________________________________________




えにし



おとこのいえをたおし
おんなのむねをおびやかしたあらしが
テレビのアンテナにひっかかって破れているのをみた
おんなはそのことをおとこに知らせようとしたが
おとこはいえをなおすのに懸命で
おんなの方などふりむきもしなかった

おとこはすぎたあらしのことなど考えるひまもなかった
いえをもとどおりにしなければならない
よそからとんできた木材まで集めて
まえより大きな まえよりがんじょうなものを建てよう
おとこのなかには
ゆうべそばでふるえていたおんなのかけらもなかった

おんなのなかには
まだあらしの余波がびりびりなっていたが
 おんなはもうあらしには無感覚になってしまった
ただあのおそろしさに
おたがいによりそってかばいあっていたおとこのぬくもりだけがの
こっていた ゆうべのやさしさにひきかえ
あまりに冷淡なおとこがうらめしかった
めまいがして おんなはたおれた  ゆめうつつのなかで
あらしのうずのなかにいた
そこでおんなはひとりぼっちだった
あらしの外側で おとこのあざわらう声が
あらしよりはげしくひびいてきた

おとこはやっとできあがったいえのなかをみまわした
まえよりりっぱだ けれどからっぽで
あるのは自分だけだ  そしてその自分のなかもからっぽなのに気がついた
いえのそとで おんなの声がした あっ! あれはあのばんのおんなの声だ
おとこはおんなをいえのなかへよび入れた
おんなが 気がついたとき  おとこのいえはまえよりりっぱになり
どこか見知らぬおんなとたのしげにしゃべっていた

________________________________________




黒人霊歌



あなたは わたしに 親しい拍手をくださる
あなたのきょうだいへとおんなじように
けれど わたしが舞台をおりると
くろんぼとよぶ
ほこらしいくさりで わたしをしばりたがる
わたしには あなたの拍手はむなしいただの音
わたしにはわたしのうたがのこるだけ

________________________________________




あらし



あらしだ とだれかがいった
そっとまどをあけてみると
そとはいいおてんき
なのに
あらしだ
あらしだ
とみんながいった
わたしはだまってまどのそとをながめていた

ピクニックの行列がとおった
わたしはこっそり窓からぬけだして
そのあとについていった

いいおてんき
なのに
あらしだ
あらしだ
というざわめきが背中をつっついた
わたしはきこえぬふりをして
みんなといっしょにうたいながらいった
こころよいそよかぜ
なのに背中ではおそろしいうずまき
雲ひとつないあおぞら
なのに背中にはつめたくいたい雨のつぶがあたっていた

草原にすわってべんとうをたべた
わたしはもう背中の出来ごとなんかわすれていた
と、ひとりがわたしのうしろへきて
背中に大きな穴があいているといった
みんなわたしのうしろへ集ってきた
あの教室の中でと似たようなざわめきがおこった
わたしにだけその穴がみえない

背中からすべてが流れ出して行くけはいがして
めまいした

________________________________________




わたしはひとりで帰ってきた



さっき出て行った窓から入ると
ざわめきはやんでいた
みんなおなじペイヂをひろげて
先生のろうどくをきいていた
わたしも教科書を出して
おんなじペイヂをひろげると
なんにも書いてない
字がひとりでどこかへ行ってしまったのだろうか
それともあらしにさらわれてしまったのだろうか

________________________________________




詩と私



赤いとりは赤い実を食べたから赤くなったのです
白いとりは白い実を食べたから白くなったのです
私の身内には詩なんか書くひとがいないのです
それなのにどうして私は詩なんか書くようになったのでしょう
そのとき美しい言葉はあか児のようにかろがろしく
私の掌にだけたので

私はすなおなやさしい子守娘のように詩を愛するようになりました
言葉はだんだん重くなりましたが 詩は私をなぐさめてくれるので
私はじっとたえていました
言葉は余計重くなり もはや私にはだいていることが出来なくなりました
すると こんどは詩が私をかろがろしくだきあげたのです
それでも詩の掌はあたたかいので安らかな時間だったときもありました
ところが私はだんだん息苦しくなりました
詩から逃げだすことを考えるようになりました
ある日私はこっそりとにげだして林の中へ行きました
そこには昔私の友だちだった雑木がいっぱいおいしげっていました
私はなつかしさでいっぱいで詩のことなんか忘れてしまいました
なのに ただ風の仕草しか持っていなかった彼らが
いつのまにか彼らの言葉を持っていたのです
あの詩がここまで手をのばして 彼らに言葉を与えてしまったらしいのです
雑木たちは私にしたしさのかわりに きびしさでその言葉を解けというのです
もしその言葉が解けたら私も木になることが出来るならというと
なんのなんのその位のことでよういに木になることは出来ないというのです
その言葉を解いたうえ こんどは詩と戦い
詩に勝つことが出来なければ木にはなれないというのです
もはや詩のまえでは虫けら同然の私ぢゃありませんか
どうして詩と戦うことなど出来ましょう
私は木になることをあきらめました
私は海へゆきました
海辺にはもう生ぐさい匂いも感覚もなくなった貝がらが白く光っていました
私はその貝がらたちと遠い遠い昔 言葉などというものがなかった
ころのようにくらそうとおもいました
ところが彼らは波となにかこそこそささやき
私をみてつめたく嘲笑うのです
そしてお前がそばへ来るとくさいというのです
私も貝がらのようになりたいのだというと
それは詩と戦って勝ったら仲間にしてやるというのです
私は海辺にもいられませんでした
毎日毎日私は詩のいいつけるだけの言葉をみつけるのにへとへとです
今私は詩について考えるひまなどありません
どこへ行っても詩の領地なのです

________________________________________




ワンさん



じぶんの骨をうづめるための土地を買った
だがまだ俺が死ぬまでに間がある
まめの種をまいた
まめはよくみのった
翌年も
その翌年も まめはよくみのった
そこはまめ畑になった

また墓地を買った
だがまだ俺が死ぬまでには間がある
かきの木をうえた
やがてかきの木は大きくなって
実がいっぱいなった
あまい大きなかきの実
かきの木を切るのはもったいない

 

どうしても墓地がほしい
安心して死にたい

また土地を買った
だがまだ俺が死ぬまでには間がある
花をうえた
年々花の数はふえて
そこはうつくしい花園になった
この花園のすみへ穴をほろうか
だが草一本だってぬくのはかわいそうだ

こんどはもうなんにもみのらない土地を買おう
ワンさんは
そんな土地をさがしに旅に出た
ゆけども ゆけども
木がおいしげり
むぎがみのり
花がさいていて
あいている土地などひとつもなかった
俺の墓地になるようなところはないか
ワンさんは今日もそうして旅をつづけているのだ

________________________________________




おさなごを



電車に手をふっているおさなごの中を旅してゆきたい
水が背丈よりあふれているのにおぼれない
光がみえないのにどこまでも明るい

かつてあのように手をふったわたしのなかに
あなたはやってきた
わたしはよろこんでおむかえしたのに
あなたは水をにごし 光のありかをみつけてしまった

わたしは手をふるたびに
胸がときめくようになった
だれかが手をふりかえしてくれるのを待つようになった

 

わたしは 電車のとおりすぎたあとの線路に手をすてた
電車に手をふっているおさなごの中を旅してゆきたい
水を汚さないように足をすてて
なんにもみつけないように目をすてて旅に出よう

________________________________________






石ころをけりけり帰るみち
ケンカナンカシナケレバヨカッタ

夕ぐれがものがなしいのは
かげぼうしの方が背がたかいから
アシガスコシツメタイナ

 ナンノニオイ?
みそしるのにおい
  ナンノオト?
栗のはぜるおと
  ケンカシタコトユウノヨソウカナ

________________________________________




初春のクリスマス



ぶろらんぶるろん風が吹く
しろい夜のサンタクロース
しろい袋の中のみどりが映ってみえる
バンビのひくそり、りりろんろろりんすずが鳴る
あの子の窓にはつぼみを三つ
あの子のかばんには絵の具と画用紙
すこし古いオルガンはどの子にあげようか
きのう手袋を片方なくして叱られている子
くつしたが破けちゃったとすねてる子
ほらほら外をみてごらん
ぶろらん、ぶるろん風が吹く
春のイブです、こなゆきがふる
どろんこの土の上で
さあ!みんなでおもうぞんぶん
らくがきしましょう

________________________________________





はやく
あー坊はまだちいさくて木のぼりができない
かきの木のてっぺんには大きな赤いかきがいっぱい
もずがつっついている
はやく
はやくもぎらないともずにみんなたべられちゃう

あー坊はまだちいさくて木のぼりができない

________________________________________




銃のたま



じしんをもったあなたの銃をはなれて
自信をもっていとめた かもの姿はみえなくて
先にかもがのみこんでいた
はてしない空がひろがっている
そのあおさのなかに身をうづめたいと希っても
かもの痛みだけのなかで
もがくことさえできなくて
かもをひろいにくるあなたのあしおとに
耳をかたむけている

________________________________________




むらさき抄



どんな色がすきときかれると
あかとかきいろとかどうでもいい色をいった
そして ひとりになると
むらさきのえのぐをとかして
わびるように画面いっぱいむらさき色にぬりつぶした
(私のすきな色はむらさき)

むらさきのにあうひとを想った
むらさきのにあうひとをねたんだ
むらさきの花をみるとみんなむしりとった
(むらさきは私の色)

あるひ えのぐの箱をあけると
むらさきのちゅうぶがぺしゃんこになっていた
ほかの色はみんないっぱいつまっているのに

どんな色がすきかときかれたとき
みどりなんてでたらめをいった
私のすきな色なんてもうないんだ
あかやきいろやみどりがあつまって
バァティをしている

________________________________________




蜘蛛



新しく張った糸にかかった蝶の羽のかげからのぞくと
わすれていたきのうの糸に
もっと美しい蝶がもがいているのをみた

________________________________________




あのね



ひみつはね
ふるさとのくわの木の根もとにうづめてある
ほんとうだよ
くわの実をかくれてたべて
すっぱいままの口でちかいあったこと
「ないしょだよ」
あのときのゆびのあたたかさのままで

かなしみはね
小川の底にしずんでいる
うそぢゃないよ
死んだ小ぶなが流れていった
おいかけると
生きている魚よりはやく逃げていった
あのときの水のつめたさに似て

ありふれたひみつ
ありふれたかなしみ
しかもっていないのに

どうして悪いのかわからないのに
とがめられるまえにおびえてしまう いまでも

________________________________________


「ふたり」「気まぐれ」 …… 1961.1 『ある』1号
「ハニワ」 …… 1961.2 『ある』2号
「花とわたし」「じごくにて」 …… 1961.3 『ある』3号
「虹」「魚」「もえている手」 …… 1961.4 『ある』4号
「どんぺいものがたり」「わかれみち」 …… 1961.5 『ある』5号
「旅」「こども」 …… 1961.7 『ある』7号
「えにし」「黒人霊歌」「あらし」 …… 1961. 8 『ある』 8号
「詩と私」「ワンさん」 …… 1961.10 『ある』10号
「おさなごのなかを」「秋」 …… 1961.12 『ある』12号
「春のクリスマス」 …… 1962.1 『ある』13号
「はやく」 …… 1962.2 『ある』14号
「銃のたま」「むらさき抄」 …… 1962.3 『ある』15号
「蜘蛛」「あのね」 …… 1962.4 『ある』16号

________________________________________