こっちも むいてよ (かど創房)




・理科の時間
・りんご
・廃校
・わに
・みちくさ
・かくとう
・わたしの 音
・火事
・ぼくの場合
・あらし
・樹(き)
・しっぽ
・かどっこ
・まつり
・ないている
・ねつのある日
・ねこと
・くせ
・かみさま
・やねうら
・きりん








理科のじかん


わたしは かえるになって
理科のじかんに 解剖されている

学校をやすんでいる わたしのことなんか
だれも 気になんかしていないみたいだ
みんな ねっしんに解剖している

──あれ? ほら、この胸のところ、
この白っぽい斑点は なにかしら?

これは あなたにいじめられたときの
かなしみの かたまりよ

あのとき 大声で泣けたらよかったのに
わたしったら 泣くこともできないで

がまんしていたから
こんなふうに 残ってしまったのよ

──ていねいに しらべなさいね
せんせいが そう言っている

──せんせい!
このかえる きっと
病気なのかもしれませんね

──ええ そうかもしれませんね
せんせいと あの子は
いつも こんなふうなんだ

あの子が いじめっ子だなんて
せんせいは 思ってもみたことないんだ
せんせいって あんな子がすきなんだ

はやくおとなになって
偉い博士になって わたしは
あの二人を 解剖してやりたい


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りんご


きょうしつで りんごをたべている
いくらたべても わたしのりんごは
ちっとも へらない

──それは りんごの味がわからないからだ
味さえわかれば しぜーんにへるのだ、と
せんせいは いう

たべおわったじゅんに 帰ってしまって
わたしだけ まだたべている

歯が痛くなってきた
               だんだん寒くなってきた
             あったかいスープをのみたいなあ
ほんとは りんごがだいすきなのに
教室でたべると
どうして ちっともへらないのかな

せんせいが こわいかおして
帰ってもいい というまで
たべつづける

そして わたしの机の中には
            ちゃいろいりんごが
だんだん たまってゆく


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廃 校


こどもが 大ぜい
すなぼこりを たてて
こうしんしてゆく

廃校の 長いろうかで
おんなの子が さくぶんを読んでいる
ゆくえふめいになったままの子に にている

教室では せんせいが
わるい子の首を ちょんぎっている
いくらちょんぎっても
わるい子ほど すぐ
あたらしい首が 生えてくる

晴れた空の下の てつぼうにかけられた
セーラー服が いちれつに並んで
はためいている

だんだん暗くなってゆくのに
こうしんするこどもは どんどんふえてゆく

教室では せんせいが
いま わたしの首を
ちょんぎった!


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わ に


ある朝
飲み残しの くすりびんの中に
わにがいっぴき いた
まい子なのかなと おもって
わにの家の
でんわばんごうを さがしているうちに
学校に おくれてしまって……

やっと ばんごうがわかったのに
いくらかけても だれもでないので
なんどもなんども かけなおしているうちに
また 学校を休んでしまって……

もういちど かけたら
つうじたことは つうじたのだけれど
──こちらは わにの家ではありません
わにって だれですか
なんて いわれてしまって……

そういわれても わたしもよく知らないので
ここからみえてる いぼいぼのこととか
しっぽのこととか しゃべっているうちに……

とうとう
なつやすみになってしまって……

──もしもし もしもし
わには とても元気です
わたしも もちろん元気です
もしもし もしもし
もしもし もしもし……

でんわ線のむこうからは
くすりびんの中で わにがたててる音と
おなじ音が きこえてくるだけで……

わにの家は
いまだに
みつかりません


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みちくさ


学校へ行く途中
牧場のそばを通ると

乳牛たちが ぼくをさそうので
つい その気になって
中に入って いっしょに草をたべてみる

と!
からだが もぞもぞしてきて
だんだん牛になりはじめて!

草なんかたべるの やめなければ!
と思っても こころとは反対に
おいしくておいしくて しょうがない

空を見る
いいてんきだ
こころは まだぼくのままだ
はやく ぜんぶ
もとのぼくに もどらなければ!
と思いながら でも
こんなしあわせな食事って
生まれてはじめてだ
牛たちに 話しかけたいけど
ぼくのことばで言うのは 気がひけるし
牛のことばで言うのは なんだかはずかしい

学校へ行くこどもたちが通る
ぼくのともだちも通る
どうしよう
牛たちは ぼくのことなんか気にしてないみたいに
草をたべつづけている
たべた草を もういちど
ゆっくり そしゃくする
あまいつゆが
口の中に ひろがってくる
だけど!
ぼくは 学校へ
行かなければ!


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かくとう


──もっとしんけんにやりなさい!
と せんせいがいう
やりなさい! やりなさい! さいさいさいさい
さいさいさいさい さいさいさいさい
さいさいが ぼくをとりかこんでいじめるので
ぼくは もう
べんきょうどころじゃなくなってしまう
(ぼくはしんけんだよお!)
こころの中で いくらさけんでも
さいさいは どんどんふえて
ぼくをぐるぐるまきにする

うちへ帰ると
──もっとやさいをたべなさい!
──ちゃんとべんきょうしなさい!
と おかあさんがいう
こんどは やさいまで
さいさいのなかまになって
ぼくをいじめる
それで とうとうねつがでて
学校を休んじゃった
さきおとといと おとといと
きのうも

きょうは 学校へ行かなくちゃあ
と思っていると おかあさんがきて
──きょうこそ学校へ行きなさい!
──はやくしなさい!
(ほら もうはじまった)
さいさいさいさい さいさいさいさい
さいさいと かくとうしているうちに
いすからおっこって ころげまわっていると
おかあさんが またきて
──いつまで なにふざけてんの?
──ほんとに はやくしなさい!
なんていう
(ぼくは ふざけてなんかいないのに)
はやくしなさい! 行きなさい!
さいさいさいさい さいさいさいさい
さいさいが もっとふえつづける


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わたしの音


もしもし あのね わたし
うずまきになってしまったの
ゆっさら ゆっさら ゆさゆさ
ゆっさらゆっさらゆさゆさ、って
かぜがふいてきて
わたしを まきこんでしまったの
ゆっさら ゆっさら ゆさゆさ
ゆっさらゆっさらゆさゆさ、って
わたしは いっしょに目がまわってきて
たすけてぇ! たすけてぇ! といおうとしても
声がでなくて とうとう
わたし ゆっさら ゆっさらの
うずまきに なってしまったの
だれにも さよならもいわないで
こんなものに なってしまって
かなしくて それでわたし
いま でんわかけるまねをしてるの
だって もう
ほんとのでんわは かけられないもの
ね きこえるでしょ
ゆっさら ゆっさら ゆさゆさ
ゆっさらゆっさらゆさゆさ、って
これ わたしの音よ

もしもし もしもし
いま
わたし……

わたしがいなくなったこと
まだ だれも気づかないのかな?
それとも……?

ゆっさらゆっさらゆさゆさ
ゆっさらゆっさらゆさゆさ
ゆっさらゆっさらゆさゆさ
ゆっさらゆっさらゆさゆさ


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火事


あさ 火事があった
消防車は サイレンのほかに
──しょうぼう車が通ります
しょうぼう車が通ります
道を おあけください
と 叫んでいる
火事は 近いらしい

わたしは ゆめの中で
とらになって
おう! おう!と ほえながら
草原を走っていた

火事は とらの口の中へ
もえうつって
ほえて! ほえて! ほえても
ほえきれない
とらのかなしみまで もやした

焼け死んだとらを
雨がぬらしている

学校へ行くみちみち わたしたちは
火事の話をしながら あるいた

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ぼくの場合


とつぜん!

鼻が のびてきた!
ぼくだって すこしはうそをつくけど

ピノキオじゃないし
パソコンのこととか
テレビゲームのこととか
ぼくの能力とかんけいないのに
おじいちゃんに買ってもらっただけなのに
ぼく、すこしじまんしすぎたのかな

──ごはんよぉ
おかあさんがよんでいる

おなかはすいているけれど
こんな顔、みせられないもの
──ともだちより
すこしいいもの持ってるぐらいで
じまんなんかするから だから
てんぐになっちゃったんだわよ
なんて いわれるにきまってるんだ

──いま たべたくなあい!
あとでいい!
でも てんぐになったんなら
忍術も使えるし
テレビゲームなんかより
ずっとおもしろくなりそうだけど……
(ぼくは 不安になりながら
べつの空想を しはじめる)
──あの子 どうしたのかしら?
──そんな年ごろなのさ ほっとけばいい
茶の間の方で
おとうさんとおかあさんが
はなしているのが きこえてくる

この鼻も
ほっといていいのかな
ほんもののてんぐに なったなら
空を飛んだり 木に止まったりできたら
それは とてもいいとおもうけど

ぼくの場合は
ただ 鼻がのびただけみたいで
おなかは ますますすいてくるし
いつもの よわむしのぼくのままで
いまにも泣きだしてしまいそうだ

ほんとに このままほっといて
だいじょうぶなのかな

茶の間の方からは みそしるの
あったかいにおいが してくるし

いっそ 大声で
泣いてしまおうか


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あらし


一時間目のはじまるまえ
──あらしだ! と、だれかがいった
外はいい天気なのに
──あらしだ!
──あらしだ!
と、みんながいった

校門のまえの道を 行列が通るのを
見たので ぼくは
教室をぬけだして 後をついて行った

とてもいい天気なのに ぼくの背中あたりで
あらしだ! あらしだ! という声が
うずまいている
ぼくは 手をぎゅっとにぎりしめて
列の後をついて行った

──あっ! おまえの背中に穴があいている
ひとりが言いだして
みんな おおさわぎになって
ぼくをとりかこんだ
あらしだ! あらしだ!
あらしだ! あらしだ!
教室へもどると
みんな 本をひらいて
せんせいの 朗読をきいている

ぼくも 本をひらいたら
本は ただまっ白なだけで
字が空っぽになっている
あらしだ!

あらしだ! あらしだ!
あらしだ! あらしだ!


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樹(き)


あなたは 大きな樹だった
まぶしく青い葉を茂らせて
その枝は 海までとどいていた
(ちっぽけな わたし
ちっぽけな わたし)

きみは ぼくの大きさしか知らない
ぼくの中には すでに
秋が生まれているのだ、と
あなたは言った
(秋ってなあに?
秋についてなんて
わたしには何もわからない)

ある朝 その幹が
まっ二つに さけていた
かみなりが落ちたのだ
その どこにも
秋のけはいなんか みあたらない

ほんとは あなただって
秋のことなど
何も知らなかったのだ

あしたで
なつやすみは 終わりだ


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しっぽ


しっぽにさわられて
ぎゃあっ! という じぶんの声で
目がさめた

さわられたあたりを手さぐっても
しっぽはない
しっぽなんかあるはずないのに
さわられたあたりが
まだふるえている

ぼくにも
しっぽがあったことが あるのかもしれない
じまんのしっぽで
いじめられるたびに、ひそかに
(でも、ぼくには
こんなにいいしっぽがあるんだ)
なんて、じぶんでじぶんをなぐさめていたのかもしれない

けんかして しっぽに
大けがしたことが あるのかもしれない
もしかして そのけががもとで
死んだのかもしれない

ふるえは
まだとまらない


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かどっこ


かどっこをまがるとき
くしゃみがでた
あおいえりまきの少年と すれちがった

あのとき かぜをひいたらしい
それがこじれて
ながいこと 学校をやすんでいるあいだ

まくらもとを
あおいえりまきの少年の行列が
ずっと通っていて
わらったり ぼくのまくらをけとばしたり
しながら 映画のように通っていて
だんだん遠くへ行ってしまって・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
いちばん後ろの少年が 見えなくなって
ぼくのかぜは なおったけど

かどっこを まがるたび
また あの少年に
会いそうな気がする

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まつり


森の まつりで
あめが こどもを
なめている
ぺろぺろぺろぺろ
なめている
おいしそうに
なめている
みんな なくなるまで
なめている

森の まつりは
きらきらしながら
こどもをさそっている
あめの いいにおいさせて
さそっている

こどもらは あめのにおいの方へ
わらわらわらわら
かけてゆく
むねをどきどきさせながら
かけてゆく
こどもは あめが
だいすきだもの
こどもは まつりが
だいすきだもの

あめは こどもが
だいすきだから
いくらなめても
まだ たりない

こどもは どんどんふえてきて
あめは もっといいにおいさせて

ほんとの まつりは
これからだ!


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ないている


だれもいない げきじょうの
いすに すわっている
あんない係りのおばさんが きたので
ここは どこですか
と きくと
ごきげん いかかですか
と いう
ここは どこですか
と いくらきいても
ごきげん いかかですか
と いうばかりで

──ここは どこですか
──ごきげん いかかですか

──ここは どこですか
──ごきげん いかかですか

むこうでは
もうひとりのわたしが
舞台から あふれるほど
いっぱいになって

ないてる


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ねつのある日


ねつのある日は
ねつも
だいじにしてあげよう
ねつだって
わたしという 星の上の
生物なのだから

ねつのある日は
ねつにも
つめたいプラムに
さわらせてあげよう
アイスクリームも
わけてあげよう


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ねこと


ねこと あそんでいたら
つるつるしている じぶんの手が
ふしぎに おもえた

もし
ねこが 主人で
わたしが 飼われているのだったら
ねこは きっと
わたしをみて

かわいそうに
おまえは のろわれているんだね
と いうかもしれない

ふわふわの 毛の生えている手を
そうぞうしながら

わたしは
うでのほうまで
シャツをめくって
もういちど
じぶんをみた


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くせ


きがつくと なにげなく
ゆびで
歯をこすっていて
 (たとえば
  おんがくをききながら
  ほんをよみながら)
その ふしぎな
ここよいものに
おどろく

歯は
たべものをかむ 余白のところで
青いとげ のようなものを
かみつづけている
なきたいような
さけびたいような
かんでも
かんでも
かみきれないもの

そんなおもいに
ふけりながら
また ゆびで
歯をこすっている

歯のかなしみと
いっしょになって


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かみさま


地球を
うつくしい
まりのように
たいせつにしている
巨人がいて

巨人は
虹もだいすきで
虹って ほら
みているまに すうーっと
きええしまうでしょ

それはね
巨人が
おいしい
おいしい って
すぐ たべてしまうからなの

虹は
巨人の
いちばんだいすきな
お菓子なんだって


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やねうら


やねうらは かみさまがいらっしゃるわたしが 高所きょうふしょうなのは
やねうらに
かみさまが いらっしゃるから

やねうらには
がらくたが おいてあるだけだ
と いうけれど

やねうらには
 かみさまがいらっしゃる

すがたはみえないけれど
やさしいけはいが
わたしをやさしくする

あそこにいらっしゃるのは
わたしの
かみさま

ほら いま
やねうらで
かみさまが
くしゃみした


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きりん


きせつの花があるように
きせつのどうぶつが
いるなら

秋のどうぶつは
いつも 秋のいろを着ている
きりんかな?

ながいくびを
もっとのばして
あおいそらを
しゃりしゃりたべている

ときには
まっ白な雲を
クリームみたいに
くちのまわりに
つけたりして


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木村信子詩集『こっちも むいてよ』かど創房 

1993年8月 初版発行

さし絵・装丁画= やべ みつのり ISBN4-87598-038-8 C8092

 

Copyright (C) 2011 Nobuko Kimura All Rights Reserved.